LET'S GO TO THE NEXT STAGE 資格で開いた「未来」への扉 #55
菊川 洋平(きくかわ ようへい)氏
社会保険労務士事務所リズム 代表
社会保険労務士
1982年生まれ、熊本県出身。高専専攻科を修了後、約16年間エンジニアとしてシステム開発に従事。転職を機に人事給与システムの企画・開発に携わったことがきっかけで社会保険労務士の資格取得を決意し、働きながら受験勉強を進め3年目で合格、独立開業を果たす。社会保険労務士事務所リズムの代表として様々な企業の労務トラブル解決や労務管理のアドバイスをはじめ、中小企業の経営を精緻な分析と提案でサポートしている。
【菊川氏の経歴】
2005年 22歳 国立八代工業高等専門学校専攻科(当時)を修了。基幹業務システムを開発する大手SIerに就職しエンジニアとして活躍。
2013年 31歳 リクルートテクノロジーズ(現:リクルート)に転職。グループ全体の給与計算など人事管理システムの企画・開発を担当。人事担当者との折衝を通じ労務について精通したエンジニアになりたいと思ったのをきっかけに、社会保険労務士の資格取得をめざす。
2019年 37歳 3回目の受験で合格。交流会などで出会った社会保険労務士仲間に刺激を受け、自身も独立開業を決意。
2020年 38歳 社会保険労務士事務所リズムを設立。エンジニア時代に培った経験も活かし、中小企業の労務相談およびコンサルティングをはじめとする幅広い業務に対応している。
システムエンジニアから社会保険労務士へキャリアチェンジ。
ロジカルな思考と確実な実行力で中小企業を誠実にサポート。
DX時代にあって理系出身者も活躍の場を広げている社会保険労務士。社会保険労務士事務所リズムの代表を務める菊川洋平氏は、高専専攻科を修了後、システムエンジニアとして約16年間第一線を走り続けたのちに、現職でのキャリアアップのために資格を取得。その後独立開業しキャリアチェンジを果たした。そんな菊川氏に、資格取得をめざしたきっかけや、多忙な業務と勉強の両立、独立開業の道を選んだ理由、エンジニア出身であることの強みなどをうかがった。
情報電子工学を学びに高専へ。エンジニアとしてキャリアを重ねる
数学が得意だったことと、高専(高等専門学校)に通っていた親戚がいたことから普通科高校ではなく国立八代工業高等専門学校(当時)に入学した菊川氏。情報電子工学科でプログラミングをはじめとする情報通信システム開発の基礎を学んだ。その後進学した専攻科を修了したあと、東京に本社を置く大手SIerに就職。客先常駐での企業向けシステム開発を中心に、数々のプロジェクトを経験したのち、リクルート社の社内ITを担うグループ企業に転職した。
「それまでは受託側でしたが、30歳という節目もあり発注側の仕事をしてみたいと思い、転職しました。そこでリクルートグループの人事給与システムの企画・開発に携わったのが、人事労務の法律や業務運用に興味を持つようになったきっかけです」
20~30名の部下を抱えるマネージャーとしての経験を買われての転職だった。しかし仕事がうまくいかず、つまずくこともあったという。
「前職で私が行っていたマネジメントは、あくまでもメンバーのタスクマネジメントです。しかしリクルートではそれぞれのメンバーが自律的にタスクマネジメントを行っていたため、私に求められていたのはチームがうまく回るようなプロセス・ルールづくりや関係各所との調整でした。なかなかうまく対応できず、最終的にはリーダー職を降りる選択をしました」
「エンジニアとして活躍できる人材になろう」。そう思って、何を自分のアドバンテージにするのかを考えたときに浮かび上がってきた選択肢が、社会保険労務士(以下、社労士)の資格取得だった。
「給与関係のシステム開発を担当していたので、人事担当者とコミュニケーションを取る機会が多くありました。その中で、法律の用語や構造をよく理解せずに要望を言われたまま進めようとすると、調整が不十分になってしまうこともあったんです。そこで、人事担当者以上に労務関係の法律に精通しているエンジニアになれば、新しい道が開けるのではと考えました」
受験勉強は時間との勝負。工数管理が合格の決め手
社労士の資格取得をめざすことを上司にも伝え、あとには引けない状況に自身を追い込んだ菊川氏。しかし繁忙期には深夜まで残業することもあるエンジニア業。ただでさえ多忙を極める仕事の傍ら、勉強時間を捻出するのは容易なことではなかった。
「自由に使える時間が限られていますので、事前に計画を立て、工数管理を行うことを意識しました。テキストを1ページ精読するのにかかる時間をベースに、読み終えるまであと何時間かかるのか、過去問題集を1冊ぶん解くのにどのくらいの時間がかかるのかなどを見積もり、予実を管理することで計画倒れが起きないように進めました。その他には、できるだけ丸暗記をしないこともポイントにしていましたね。心掛けていたのは、誰を対象にした条文なのかを意識して読むことで、その意味から理解し、単なる丸暗記で覚える量を減らすことです。法律というと少し近寄りがたい印象を抱く方も多いかもしれませんが、読み慣れてくると、ロジカルで体系立った構造や論理的な整合性をおもしろいと思うようになりました。法律の条文を意味から理解したことで、実際の仕事でも応用が効きましたし、現在も受験勉強で学んだことが実務に活きていると感じています」
1年目はTACの教室講座を受講し、2年目からは受験経験者向けコースの通信講座を受講。休日は最寄りの校舎の自習室で勉強し、仕事の日は電車での移動時間や休憩時間などを勉強に充てたという。
3回目の受験で見事合格。社労士として独立開業へ
コツコツと勉強を重ね、3度目のチャレンジで社労士試験に合格。しかし当時はまだ独立開業の道をイメージしてはいなかったという。
「もともとエンジニアとしての強みを持ちたいという理由から受験しましたので、すぐに独立しようとは思っていませんでした。しかし社労士同士の交流会などを通じていろいろな方のお話を聞くにつれ、自分も独立して社労士の仕事に専念したいと考えるようになりました」
「あと数年で40歳」というターニングポイントを迎えていたことも背中を押し、独立を決意。会社という枠組みの外に出て自分の力を試してみようと、社会保険労務士事務所リズムを開業した。
「不安よりも、なんとかなるだろうという気持ちが強かったですね。今思えば怖いもの知らずだったと思います(笑)。しかし幸運にも、開業後すぐに知り合いの社労士の方からご紹介をいただき、HRテクノロジー製品をつくるプロジェクトに参加しました。ものづくり補助金を使った新規事業の立ち上げで、補助金調達からシステム開発のベンダー探しと発注、チェック、設計への要望など、エンジニアとしての経験も活き、この仕事を通してたくさんの方とのご縁をいただきました。その後も特に領域を絞らずご紹介を中心に仕事を広げ、労務管理の運用設計、人事評価制度の整備、M&Aにおける労務デューデリジェンスなど、多岐にわたる業務に対応しています。
コンサルティングについては、別会社のリズムマネジメント株式会社でお引き受けすることもあります。比較的多いのは、労務のしくみをつくる上でのご相談です。会社規模が拡大しているのに対し、労務のしくみが整っていないことで雇用などのトラブルが起き始めることはよくあります。法律上は労働者保護の性格が強いので、会社側にとって不利な状況に陥ることも。無用なリスクを避け、労務トラブルが起きにくいしくみづくりのためには、就業規則を整えるだけでは十分とは言えません。
実際にあったエピソードとして、ある企業で就業規則の整備まではスムーズにいったのですが、その後退職した元従業員からの未払賃金の請求に対して、企業側の主張が認められなかったケースがありました。就業規則上は賃金計算についてのルールが変更されていたのですが、本人との個別合意ができていなかったことが原因で、適用が難しかったのです。しくみをつくるだけで終わらず、実際にそれがうまく機能する状態まで持っていくことが重要だと痛感しました。
同じ問題であってもお客様ごとに最適解は異なりますので、それを見つけるためには従業員へのインタビューを行うなど、細やかな対応が必要な場合もあります。それぞれの企業が理想とする状態になれるよう、個別の状況を見極め、お客様に伴走していきたいと考えています」
ロジカルな思考と高いPCスキル。新時代の社労士として活躍の場を広げる
社労士として独立開業したことで、新たなスタートを切った菊川氏。以前にエンジニアとして積み上げたキャリアは、社労士の仕事でも大いに活きていると語る。
「一番役に立っているのは、物事をロジカルに考える力でしょうか。全体を俯瞰してとらえ、筋道を立ててゴールまでのプロセスを組み立てることは、私の得意分野です。また、PCスキルも意外と重要です。例えば労務デューデリジェンスの仕事であれば、企業から預かったデータを集計ソフトで整えて分析し、傾向を可視化します。その他のご提案でも、数字をはじめ、事実での裏づけがあるかないかで説得力は大きく変わってきますので、今までやってきたことはまったく無駄になっていないと感じます。資格取得のための勉強も含め、努力したことは確実に血肉となり成長の糧になっていますね」
最後に、今後の目標についてうかがった。
「社労士になったことで、今まで出会うことがなかった人との関わりも増え、社会に貢献できているというやりがいを強く感じています。忙しさはありますが、こんなにおもしろい仕事があるんだと、日々楽しく前向きに過ごしています。私がめざしているのは、法律の根拠をベースに深く思考し、お客様にとって最適な解決策を提案できる社労士。法律を知っているだけではなく実務でどう適用できるのかを丁寧に調べ、知識を蓄え、人材に関するプロフェッショナルとしての知見を広げていきたいですね」
[『TACNEWS』 2024年1月号|連載|資格で開いた「未来への扉」]