タックスファンタスティック Tax Fantastic!!第45回テーマ 士業でもイノベーションって必要?Part3『比較優位』編
襟 糸 税太君、昼休みに受験勉強とは感心だね。ところで君は受験勉強って得意かい?
税 太 襟糸先輩、何をおっしゃいますやら。僕だって税理士をめざす身。そりゃ襟糸先輩には負けますけど、自分の中では得意なことだと思いますよ!
襟 糸 あっさり負けを認めるとは可愛い後輩だ。じゃあ、僕よりもどれくらい不得意なんだい?
税 太 か、監子さん!襟糸先輩がマウントを取ってくるんですが!
監 子 まぁ可愛い後輩になんてひどいことを!襟糸先輩、それはナントカハラスメントってやつですよ!しっくりくる言葉が思いつかないけど!
襟 糸 ふたりとも、それは誤解だ。受験勉強のような知識のインプット系が苦手なら、そういった仕事を得意な僕に任せればいいってことを言いたかっただけさ。
監 子 うーん、言いたいことは分かるけど、何か違うような。
田久巣 おやおや、さっきから聞いていたけど、君たち「分業」の基本的な考え方、よくわかっているかい?
襟 糸 もちろんです。古くはアダム・スミスが『国富論』の冒頭で、分業によって労働生産性が飛躍的に向上する効果を、ピンの製造を例に説明していましたね。山に登って鉄鉱石を採掘しての材料調達作業に始まり、加工作業や出荷作業など、一連の作業をひとりで行うよりも、それぞれの作業を得意とする人に任せたほうが効率良くピンを作れる、と。
田久巣 その通りだ。じゃあ、山登りも加工作業もプロ並みに得意なA君と、A君には劣るものの山登りがわりと得意で加工作業よりも自信があるB君。さて、このふたりがピンを製造する場合、分業すべきだろうか?
襟 糸 僕なら分業しません。登山も加工作業もA君のほうがB君よりも“絶対的に”得意なんですから、A君が全部やってしまったほうが効率的だと思います。
税 太 僕なら分業しますね。登山は加工作業に“比べれば”得意だというB君に任せて、A君はその分空いた時間を加工作業に集中した方が全体として効率的な気がします。なんとなくの感覚ですが。
監 子 あ、そういえばそんな話を大学の経済学の授業で聞いたことがあるような…。
襟 糸 しまった!19世紀にイギリスの経済学者リカードが提唱した「比較優位説」だ!
田久巣 フフフ、税太君はやはり前職がシステム関係の仕事で、分業制の感覚が染みついていたから感覚的にわかったようだね。比較優位説は、もともとは外国貿易や国際分業についてリカードが提唱した理論なのだが、簡単に説明すると、自分のほうが相手より得意な仕事でも相手に任せて分業したほうがいい、ただし相手の中でその仕事が他の仕事より得意に感じているならば、というものだ。なぜ相手より得意でも任せた方が良いのか?それは、相手にその仕事を任せればその分時間が空くので、その時間で自分しかできない更に得意なことができ、全体としてみれば効率的だからなんだ(経済学的に言うと「機会費用の削減」)。これは自由貿易論、近年だとTPPの考え方に近い。
監 子 言い替えれば、みんながそれぞれの得意分野を活かしてお互い協力していこう、しかもそのほうが経済的にも合理的だから、ということよね。今後のZ世代にはより受け入れられる気がするわ。アメリカではトランプ政権のときに逆行したし、今のロシアも逆行中だけど…。
田久巣 ドラッカーは『イノベーションと企業家精神』で、「イノベーションの機会として人口構造の変化に着目すべき」と言っている。少子高齢化によって労働リソースが減っていく日本においては特に、絶対優位ではなく比較優位の考え方で分業を進め、効率化することが、イノベーションを引き起こすことにつながるんじゃないかな。
襟 糸 うーん、所長のおっしゃる通りです。考えを改めます。
監 子 「比較優位」が襟糸先輩の「優位」ハラスメントを「引っ掻く」形になったわね!
【今回のポイント】
「この仕事はおれがやったほうが早いからおれがやる!」士業の事務所ではこんな発言や考え方に出会うことがしばしばある。これはまさにアダム・スミスの絶対優位の考え方。でもその仕事、後輩にとっては「先輩には負けるけど、自分としては割と得意な仕事」かもしれない。比較優位の考え方を思い出して、そういった仕事は後輩に任せてみてはどうだろうか。自分しかできない仕事に集中でき、効率的に仕事を進められるはずだ。また、これは他の事務所との連携についても言える。自分の事務所の強みを活かせる仕事に集中するために、それ以外の分野は得意とする他事務所に任せてしまうのも手だろう。適材適所な分業で効率性を高められれば、余剰リソースがイノベーションを起こす手立てになるかもしれない。
[『TACNEWS』 2022年5月号|連載|タックスファンタスティック]
筆者 天野 大輔(あまの だいすけ)
1979年生まれ。公認会計士・税理士。税理士法人レガシィ代表社員パートナー。慶應義塾大学卒業、同大学院修了(フランス文学を研究)。情報システム会社でシステムエンジニアとして勤務。その後公認会計士試験に合格、監査法人兼コンサルティング会社に入り、会計監査、事業再生、M&A支援等を行う。その後日本で最大級の相続税申告数実績のある税理士法人レガシィへ。相続・事業承継対策の実務を経て、プラットフォームの構築を担当。2019年7月には会計事務所向けWebサービス「Mochi-ya」をリリース。2020年8月にはシニア世代向けWebサービス「相続のせんせい」をリリース。
主な著書:『改訂版 はじめての相続・遺言100問100答』(2017年、明日香出版、共著)。
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