人事担当者に聞く「今、欲しい人財」 第43回 松竹株式会社
松尾 健司氏
松竹株式会社
人事部人材開発室 室長
2006年、新卒で松竹株式会社に入社。映像本部に13年間在籍し5部署を経験。34歳で人事部に異動。2年間、人事企画、評価・等級・賃金制度設計に従事。2020年から人材開発室にて新卒・キャリア採用、新入社員研修や社内研修、キャリア支援サポートに取り組む。
松竹は1895年(明治28年)、世の中の娯楽が芝居中心だった時代に産声を上げた。映画が脚光を浴び、テレビから動画、スマホゲームへとエンタテインメントが日々進化し続ける中で、演劇・映像作品の制作から配給・宣伝、ライツビジネスまでを一貫して提供できる数少ないエンタテインメントグループとして、業界を牽引してきた。松竹では、どのような人事ポリシーや人材育成観を持って採用や人事制度設計を行っているのか。人事部人材開発室室長の松尾健司氏にうかがった。
川上から川下まで、一貫した総合エンタテインメントグループ
──最初に、松竹についてご紹介ください。
松尾 松竹グループは、4つの事業部門と1つの管理部門の5つの部門からなる総合エンタテインメント企業グループです。
1つ目は、歌舞伎に代表される演劇全般を手掛ける演劇本部です。この部署では、古典歌舞伎だけでなく、『ONE PIECE』(ワンピース)や『風の谷のナウシカ』を題材にした新作歌舞伎、そして新派と呼ばれる現代演劇や大阪のOSK歌劇団、滝沢歌舞伎や関西ジャニーズJr.の公演といった人気が非常に高いジャニーズ事務所の舞台など、幅広い演劇を積極的に仕掛けています。
2つ目は映像本部で、こちらは映画やドラマを企画・製作する部門です。テレビドラマシリーズ『鬼平犯科帳』や『必殺シリーズ』を担当する部署もあれば、アニメを専門にする部署もあります。
当社の事業について特筆すべきなのは、企画開発・製作から、お客様のもとに届ける配給・宣伝業務・劇場公開、さらにその後の2次利用となるライツビジネスまで、一貫した機能を持っている点です。自社で作った演劇を自社の劇場でかけることができる会社は日本国内でも限られていますので、これは大きな特徴です。
──誰もが知っている作品ばかりですね。
松尾 ありがたい限りです。3つ目は不動産本部です。松竹は東京の東銀座や新宿、関西では京都や大阪などに不動産・ビルを所有し、その安定収入を基盤にして演劇や映像を世の中に届けてきました。また昨今では、第五期の歌舞伎座、歌舞伎座タワーをはじめとする自社の物件とともに、東銀座エリアを巻き込んでのエリアマネジメントに注力しています。
4つ目は事業開発本部で、既存の演劇や映画にIT技術などを掛け合わせ、時代のニーズやトレンドを意識した新しい事業を展開していく部門です。直近では仮想空間上での『META歌舞伎』を配信しました。部内にはイノベーション推進部やグローバル事業部などが次々と立ち上がり、新しい事業を展開しています。
──2022年から2023年にかけて、新しい取り組みがあればお聞かせください。
松尾 直近のビジネスとしては、映像本部にアニメ事業部を立ち上げました。当社はアニメーション制作会社の作品の配給業務のみをお手伝いすることもありますが、今後は自社企画と呼ばれる「松竹が企画から立ち上げたアニメの配給」を増やしていきます。
もう1つは、先ほどの東銀座界隈のエリアマネジメント推進です。東銀座エリアにある他の企業様や行政との連携といった3~5年の短期的なものから、10~20年後を見据えた様々な可能性を考えています。
「松竹で何をやりたいか」
──応募者はどのような方が多いですか。また、採用の状況はいかがでしょうか。
松尾 以前は映画の企画・宣伝が花形で希望者も多かったのですが、最近では当社のビジネスが多岐にわたっていることから、松竹の過去のヒット作を活用するライツビジネスに興味を持つ応募者も多くなっています。
『男はつらいよ』シリーズを再度活性化させたり、周年事業やメモリアル年度に何か仕掛けたりと、旧作のライツビジネスの売上は好調ですね。
ただ、エンタメ業界ではコロナ禍によってできた「おうち時間」で、演劇・映画に限らずゲーム会社や出版社各社が大きな利益を出している一方で、劇場を持ち、ライブエンタメという生の舞台が止まったことによる当社へのダメージは大きく、ここ数年は、新卒採用も最小限に留めざるを得ない状況にありました。
そのため新卒採用に関しては、コロナ前の2020年は18名採用したのに対し、ここ2年間は10名ずつで、2023年も10名採用の計画です。
とはいえキャリア採用はコンスタントに採用を続けていて、新卒の倍となる約20名を採用しています。現在はグループ会社それぞれによる採用を実施していますが、並行して2022年から「キャリア登録」というオープンポジションでのエントリー受付を開始しました。プロデューサー職や技術職などやや特殊な職種もあるためすべての採用を一本化するのは難しいのですが、本社とグループ会社の連携採用によって、将来的にはキャリア採用全体を本社でまとめていければと考えています。
──新卒採用の「求める人物像」を教えてください。
松尾 まず「自立・主体性」は、どの場面でも見ています。そして何より、代表の迫本淳一が経営方針で語っている「日本文化を継承、発展させ、世界文化に貢献する」「時代のニーズをとらえ、あらゆる世代に豊かで多様なコンテンツをお届けする」というミッションへの共感を重視しています。これは創業当時からの理念に通じるもので、「伝統は守っていかなければならない。なおかつ企画だけでなく製作技術は絶対に絶やしてはいけない」という趣旨です。ミッション・ビジョンに共感し、時代のニーズに合わせたコンテンツを企画製作できる人、挑戦を楽しむ人、常にアンテナを張っている人、マーケット志向を持った人を求めています。
またチーム思考も重視します。川上から川下までのサービスを持っている会社だからこそ、「この仕事だけやりたい」「自分が一番になりたい」といった発想ではなく、自部門はもちろん、5事業部門に横串を刺して横断的に活躍できる方が理想です。
例えば「松竹で不動産事業に携わりたい」という学生はまだ決して多くはありませんが、松竹のビジネスを広い視野でとらえ、「演劇・映像スキルを高めたあとに街作りもできる会社なんだ」ということを踏まえた上で、「入社後、何をやりたいか」を思い描ける方に来ていただけたらと思っています。
──今やりたいことだけでなく、入社後のキャリアも意識することが大切なのですね。
松尾 そうですね。当社では多様性を重視しているので、新卒それぞれ、やりたいことは全員違っていていいと思います。基本的には演劇や映像の世界に憧れて入社される方が多いのですが、必ずしも「エンタメ知識が豊富だ」「学生時代に映画制作をしていた」「演劇サークルに入っていた」という人ばかり集めているわけではありません。どんなに業界に詳しい学生さんだとしても、やはり第一線で働いている先輩社員のほうが遥かに詳しいので、入社した瞬間に自信をなくしている場面もよく見かけます(笑)。
新卒採用とキャリア採用に共通して言えるのは、「エンタメ業界についてそれほど詳しくない。でも嫌いじゃないし、興味あるし、映画館も行くし、月1~2回は演劇も観る」というような方にもチャンスはあるという点です。このレベル感の興味と熱量さえあれば、入社後も十分活躍できるはずです。
2022年度採用は動画選考をプラス
──新卒採用の選考フローを教えてください。
松尾 ここ数年は夏に、1回20名で5日間のインターンシップを実施し、約10の部署で受け入れています。2021年はコロナ禍のため、すべてオンラインでの実施になりました。
2021年冬は、3日間のオンラインインターシップ「松竹Live2021冬」を実施しました。1日ごとに映像、演劇、事業開発という3つの切り口でテーマを設け、現役プロデューサーや宣伝プロデューサー、事業責任者を呼んでYouTubeライブを行うイベントで、各日約1,000人前後の学生に参加していただきました。これ以降は会社説明会や大学のイベントに参加し、3月からの就職活動解禁というスケジュールを守って実施しています。
また2022年は、エントリーの段階でWebテストに加えて新たに動画選考を取り入れました。ここを通過後、4回の面接を経て内定に至ります。面接では各事業部の様々な階層の社員が面接官となり、できるだけ多くの人の目を通して人物像を見極めています。
4年間に2回のジョブローテーションで経験値アップ
──内定者フォローのための研修や課題はありますか。
松尾 4月の入社までは2ヵ月に1度、対面ないしオンラインでフォローしています。歌舞伎座に行って歌舞伎を観たり、企画について議論したりするワークもあれば、オンラインでの実施もあって、年内に4回、年明けに1回と、入社までに全5回実施しています。
──2022年4月の入社式はどのように実施しましたか。
松尾 新入社員を本社に集めてリアルで行うことができました。そこから新入社員研修に入り、4月前半の社会人入門編の新入社員プログラムでは、マナー研修や会社の全体像の理解を深められるようなコンテンツを実施し、その後は5事業部門を1日ずつ紹介していきました。また並行して10名を3チームに分けて、2回のワークショップを行いました。これは自分たちで映画、アニメ、新規事業を2週間で企画するもので、現役プロデューサーにフィードバックしてもらいます。つまり研修を受けながら、同時進行で2週間のワークショップをグループで進めるわけです。限られた時間をどう使うか、役割分担をどう決めるかなど苦労しますが、勤務時間7.5時間の中の10分、30分という時間がどれだけ重要か、身をもって感じてもらえたと思います。
──その後、配属となるのですね。
松尾 6月から各部署への配属となり、その後は2年毎のジョブローテーションによって、入社後4年間で2部署を必ず経験できるようにしています。このジョブローテーションでは、例えば管理本部を経験したあとで映像本部に行き、映像本部の次は演劇本部に行くといったように、部門をミックスして経験を積んでもらいます。なぜなら、30代、40代になりライフステージの変化を迎えて環境が変わったときに、1つの事業部門だけしか経験していなかったがためにキャリアの選択肢が他にないという状態は、本人にとって望ましいことではないと考えているからです。松竹は川上から川下まで、5事業部門でビジネスを展開している会社ですので、業務を横断的に経験する中で、自分の適性に気づいてもらいたいという想いがあります。
こうしたジョブローテーションや新入社員研修、内定者時代の研修を通じて、人材教育を行っています。
──新入社員研修のあとで、同期が一堂に会する集合研修はありますか。
松尾 入社2年目研修を実施しています。後輩ができたことを自覚してもらうと同時に、目の前の仕事が忙しくなる中で、新入社員研修で学んだことを今一度思い返し、2年目をどう過ごすかを考えていただくのが趣旨です。
3年目以降は、2年目を終え、自信を持って取り組めることとまだ自信がないことが分かってきたタイミングを狙って、必須テーマ2つをオンライン研修で実施します。集合研修ではありませんが、3年目の6月にはジョブローテーション制度のルールに則り全員異動で所属が変わりますので、自分自身を見つめ直すための研修として実施しています。
社外派遣研修制度と自己啓発支援でブラッシュアップ
──人事制度や福利厚生でユニークな取り組みはありますか。
松尾 オンライン研修はいつでも受講できるようにしています。忙しい社員にも活用してもらえるよう、毎年年初に「受けたい研修」のアンケートを取り、人気の高かったテーマで研修を実施しています。プロジェクトマネジメントやマーケティングなどの研修は毎回満席になりますし、コンプライアンスやハラスメント、メンタルヘルスといった会社側として知識を深めてもらいたいコンテンツも用意しています。
また、松竹グループのミッション・ビジョンを理解・浸透させ、ビジネスを進めていく上で横の連携を深めるための研修もあります。これは社長も参加し、グループ各社で社員を集め、チームミーティングをしたり、講義を受けたりする研修です。
──社員の学びをサポートするしくみはありますか。
松尾 コロナ禍以降、社内でも学びの意欲がとても高まっているので、そこをしっかりと支援できるように、社外派遣研修制度の運用を始めました。「大学に行きたい」「留学したい」という社員が休職できるほか、場合によっては学費も会社で支給するサポート制度です。
自己啓発支援も予算を増やしていて、毎年年初に申請を受け付けます。今の仕事に直接関係なくても「語学スキルを上げたいのでオンライン英会話を始めたい」「いずれ宣伝企画に携わりたいので、宣伝企画系プログラムに参加したい」といった自己啓発を支援する制度です。経理部から経営企画部に異動した社員の中には、この制度を使って米国公認会計士の資格を取った人もいました。語学やビジネススキルを中心に、宣伝コピーを書くコピーライター講座といった自己啓発に、皆ものすごく意欲的です。2022年は募集開始からわずか数日で予算に達してしまいました。
社員の意欲が高まっているので、今は一律の研修よりも、主体的に学ぼうと考えている人をどれだけしっかりサポートできるかが大事だと思っています。同時に、主体的な人をさらに増やしていけるようにメッセージを発信したり、取り組んだ成功体験を共有したりすることも計画しています。
──そのほかに松竹ならではの制度などがあれば教えてください。
松尾 松竹の作品に限らず、演劇や映画のチケットを持ってくれば、年間数千円分の補助をするという制度を用意しています。
子育てに関するサポートも充実しているので、産前・産後休暇や育児休業後の復職率は100%です。制作現場や宣伝現場など、夕方から夜にかけての時間帯のほうが忙しくなりがちな部署もありますが、松竹が様々な事業を行っているという点を活かして、復帰後はバックオフィス系に回ったり、時短勤務やキャリアチェンジで働き方を調整したりされる方もいます。
また、3年前からはキャリア支援として、毎年社員から人事へキャリアプランシートを提出してもらい、本人の異動希望をリアルタイムにアップデートできるようにしています。本人の意向を探ることで希望を実現しやすくするのが目的です。
次のステップを見据えた資格取得を
──新卒採用では、応募者が学生時代に取得した資格をどのように評価していますか。
松尾 資格を持っていることがそのまま加点基準とはなりませんが、目を引くことは確かです。「なぜ資格を取得したのか」「資格をどう活かしたいのか」など、聞きたくなりますね。つまり、持っている資格を「働きたい会社」「所属したい会社」とどう紐付け、どう活かすかを話せることが大事です。このイメージまで描ける方は、大いに活躍が期待できると思います。
──資格取得やキャリアアップをめざしている方へメッセージをお願いします。
松尾 松竹で資格取得をめざすなら、入社後に自己啓発支援制度を活用して資格取得の勉強に充てることができます。大学院進学やMBA取得といった長期間を要する場合には、社外派遣研修制度の適用を受けることもできます。在職中でも給料をもらいながら取得をめざせるだけでなく、学費も半額会社で負担しますし、会社の指示で取得する場合は全額会社で負担します。ぜひ、ご興味ある方のご応募をお待ちしています。
[『TACNEWS 』2022年8月号|連載|人事担当者に聞く「今、欲しい人財」]
松竹本社ビル、ならびにエリアマネジメントを推進している東銀座地区
会社概要
社名 松竹株式会社
設立 創業:1895年(明治28年) 設立:1920年(大正9年)
代表者 代表取締役社長 迫本 淳一
本社所在地 東京都中央区築地4丁目1番1号 東劇ビル
事業内容
映像事業、演劇事業、不動産事業、その他事業
従業員数
585名 (2022年2月28日現在)
コーポレートサイト https://www.shochiku.co.jp