日本のプロフェッショナル 日本の不動産鑑定士|2024年3月号
北村 剛史(きたむら たけし)氏
株式会社日本ホテルアプレイザル 代表取締役CEO
専任不動産鑑定士
株式会社サクラクオリティマネジメント 代表取締役
1972年、京都府生まれ。慶應義塾大学大学院システムデザインマネジメント博士後期課程単位取得退学。1999年、不動産鑑定士試験2次試験合格。同年、株式会社谷澤総合鑑定所入所。2001年、不動産デューデリジェンス会社「株式会社ティーマックス」の設立メンバーとして同社へ出向。その後「産業再生機構」に出向し、店舗不動産、その他事業用不動産のデューデリジェンスを担当。2006年、株式会社谷澤総合鑑定所とケン不動産投資顧問株式会社により設立されたホテル旅館専門の不動産鑑定評価会社、株式会社日本ホテルアプレイザルの設立メンバーとして移籍。2011年、株式会社サクラクオリティマネジメントを設立し、代表取締役に就任、ホテル旅館向け品質認証基準の研究に着手。2017年、サクラクオリティの認証を開始。2020年、株式会社日本ホテルアプレイザルの代表取締役に就任。
用途特化型の不動産鑑定会社の先駆者。
鑑定士ならではの「コツコツ分析する力」を活かします。
ホテルに特化した鑑定評価会社、株式会社日本ホテルアプレイザル。創設メンバーで不動産鑑定士の北村剛史氏は、日本だけでなくアメリカやイギリスの不動産鑑定士の資格も持つ。北村氏はなぜ不動産鑑定士をめざし、ホテルに特化した鑑定会社を始めたのだろうか。特殊性が高い市場分析とコンサルティング手法や、そこに資格の強みがどのように発揮されているのかなどについて詳しくうかがった。
「答えのない鑑定の世界」に惹かれて
京都府生まれの北村剛史氏は、京都大学大学院で会計学を学び、教師の道を模索していた。将来への不安を抱える中、出会ったのがTACのパンフレットで見つけた不動産鑑定士(以下、鑑定士)だった。
「会計学とはまったくの畑違い。全国で数千人程度しかいない希少資格で、資格を持つ人によって生み出せるバリューが違うから、仕事に個性が出る。その『答えがある世界ではない』ところに非常に魅力を感じました」
鑑定の世界に興味を持った北村氏は方向転換し、不動産鑑定士試験2次試験(現:不動産鑑定士試験)に挑戦。1999年の試験で見事合格を果たした。
2000年11月、上京した北村氏は東京の株式会社谷澤総合鑑定所に入所。当時の鑑定会社は、ひたすら不良債権担保不動産の鑑定評価をこなす時代だった。入所翌年、株式会社谷澤総合鑑定所が不動産デューデリジェンス会社の株式会社ティーマックスを設立すると、北村氏はその設立メンバーとして同社へ出向した。
「膨大な量の鑑定の中にはテーマパークや動物園といった特殊物件があり、ホテルもパラパラありました。実は海外にはホテル専門の鑑定会社が存在します。しかし、日本にはそのような会社はありません。そこからホテルに特化した鑑定会社の必要性を考え始めたんです」
ティーマックスでビル、マンション、山と、ひと通りのデューデリジェンスを経験した北村氏は、「これからのマーケットは“用途特化型”の時代になる」と確信した。
日本にはホテルや旅館が約6万件ある。特化するとしたら、ここがメインフィールドになる。その中で案件につながるのは1,000~2,000件程度と推定。その件数でビジネスとして成り立つのか、社内でも議論がかなりあった。2006年、株式会社谷澤総合鑑定所とケン不動産投資顧問株式会社によってホテル専門の不動産鑑定評価会社である株式会社日本ホテルアプレイザル(以下、日本ホテルアプレイザル)が誕生した。北村氏はその立ち上げ中心メンバーとして、同社の現場責任者に就任した。
会社の立ち位置は宿泊業
日本初のホテル専門の不動産鑑定評価会社の挑戦が始まった。しかし設立からわずか2年、2008年9月にはリーマンショックが起きた。ホテルや旅行という単語は街中から消え、日本ホテルアプレイザルの荒波の航海が始まった。
「2010年に景気が戻り始めると、2011年に東日本大震災。追い討ちをかけるように、2012年には呼吸器感染症MERSが流行しました。もうずっと紆余曲折です」
2013年の東京オリンピック誘致決定は、日本ホテルアプレイザルにとって大きな転換期となった。さらに2025年に大阪万博、リニア開通、IR(総合型リゾート)、カジノと、インバウンドの増加につながる計画が続いていた。
「日本は世界的にも稀有な文化性と地理的要件を持っています。まず海に囲まれている。そして国土面積のうち森林が占める割合は約67%と世界No.2。世界の平均森林率が約31%ですから、こんな国はないんです。日本人は昔から山からの恵をいただき山に返す、自然を守る循環社会、SDGsをずっとやってきています。緑が美しい。四季があり紅葉も雪もある。食材も海の幸を中心に、和食は無形文化遺産になっています。さらに何千年と文化がある47都道府県は、いずれも文化コンテンツの塊です。最初は東京、京都、大阪、名古屋の主要都市を中心としていたインバウンドも、『日本って、どこへ行ってもすごいね』と全国各地の魅力が伝わってきた。こうして2018年には年間訪日外客数は3,100万人を突破しました」
そこに目をつけたのがスーパーラグジュアリーホテル。基本的に1ヵ国に1ホテルしか展開しない高級ホテルである。
「パークハイアットは1ヵ国に1~2件しか作らないブランドなのに日本には京都、東京など3ヵ所、ザ・リッツ・カールトンも大阪、東京など7ヵ所にあります(2024年1月時点)。ラグジュアリーホテルが、1つの国でこれだけオープンするのは非常にめずらしい。これほど作っていいのかというぐらいあるんです」
一方で北村氏は、ジャバニーズスタイルホテル「旅館」にも注目する。
「旅館は、その存在自体がすでに日本文化です。日本食、伝統文化、日本人ならではのおもてなし…。何から何まで非常に高いレベルです。旅館はもともと疲れた旅人を自宅に招いた旅籠屋(はたごや)から始まっています。私たちが旅館のマーケットリサーチに力を入れているのは、本来の高いポテンシャルをもっと引き出すため。だからこそ旅館からの相談にも応えたい。それが私たちの思いです。
設立以来、私たちは24時間365日、ずっとホテルと旅館のことだけを考えてきました。ある意味、宿泊業界の人と同じフィールドにいて、一緒にマーケットをよくしていこうとしています。だから『会社の立ち位置はどこですか』と聞かれたら、自信を持って『宿泊業です』と答えます」
観光品質認証制度・サクラクオリティを開発
日本ホテルアプレイザルは用途特化型の鑑定会社であり、ホテル・旅館以外の案件は一切受けない。
「逆に言えば、そこに勝負をかけています。勝つには宿泊業界で知名度を上げるだけでなく、キャピタルマーケットでも『さすが日本ホテルアプレイザルはしっかりしているね』と言われなければなりません」
北村氏は、これが成功すればどの業界での用途特化でもやっていけるという思いで18年間ずっと挑戦してきた。そして今後の鑑定業界は、どんどん用途特化型が進むと予測する。
用途特化型の理由はもう1つ。鑑定士が「コツコツ分析すること」が得意だからだという。
「何か1つにこだわる。ひたすらにこだわり続けるのが鑑定士です。私もそうですが、うちの会社はそういう人たちが集まっています」
北村氏は2011年、ホテル旅館向け品質認証基準の開発研究に着手し、その専門会社、サクラクオリティマネジメントを設立。同社は、全国にある観光地域づくり法人(DMO)というインバウンド向け観光協会のうち26団体と提携して、2017年より「サクラクオリティ」という品質認証制度を開始した。現在、ホテルと旅館それぞれ2,000超の項目の基準を運用している。基準シートに従っていくと、各施設がどのレベルでどこまでポテンシャルがあるかや、課題点まで網羅的にわかるようになっている。
サクラクオリティの参加施設は現在全国約300を数える。実はスタートから2019年までの2年間で毎年100件ずつ増えたが、その後のコロナ禍で伸び率ゼロの3年間が続いた。
「2020年からのコロナ禍に際しては、ビジネスと同時に観光業界、宿泊業界に貢献する理念に従って何ができるかを考え、感染対策しかないとひらめきました。そこで専門家・専門機関の協力を得て、私たち独自の感染対策ガイドラインを開発し宿泊業界に提供したほか、実際にサクラクオリティのメンバーの宿泊施設内で罹患者が出たら、防護服を着て無償で消毒に行きました」
北村氏らの感染防御対策セミナーは全国規模で実に年100回を超えた。ホテルをやるからにはホテルに徹底する。ここまで専門特化する姿は、あっぱれとしか言いようがない。
「ウイルスのDNAやアミノ酸、さらにはエタノールや消毒薬の化学式も書けますよ」と微笑んで見せた北村氏。ウイルスに変異があった場合に、その変異箇所がどのような影響を与えるのかを分析するためだという。
今取り組むのはSDGs
ようやくコロナ禍が明け、インバウンドが戻り始め、ホテル・旅館業界には明るい兆しが見えつつある。
「今後は中国の団体や富裕層も訪日するでしょう。2025年の大阪万博は日本の木の文化を世界にブランディングするチャンス。日本のSDGs、日本が何千年と昔から大切にしてきた『継ぐ』という文化を世界に情報発信する好機なんです。
そこで赤のサクラマークが目印の国内向けサクラクオリティ以外に、御衣黄桜(ぎょいこうざくら)を使った緑のサクラマークの国際サクラクオリティを作り、海外に向けてダイレクトにアピールすることにしました。現在、約70施設が認証参加しています。和製マークで宿泊施設の品質保証をするものは、サクラクオリティしかありません」
肝心なのは、そのサクラクオリティを鑑定業界が発信している点だ。
「日本の今後の経済にとって、観光宿泊業は肝となるでしょう。だからこそ社会貢献の気持ちを持って臨んでいます。社会貢献度が上がっていけば責任が出てきて、社員はさらに努力するし、売上は上がっていく。最終的には日本国内だけでなくグローバル展開も視野に入れていきます。
基本のミッションは1つ、『趣味と実益と大義名分』の実現。初代・株式会社谷澤総合鑑定所代表の谷澤社長の言葉で、『仕事は趣味であり、実益でビジネスにもなり、大義名分で社会貢献ができる』という意味です。全部そろわないと成長はない。これを実現することが私たちのぶれないミッションです」
ミッションは変わらない。だがビジョンはマーケット環境によって変わる。コロナ禍の3年間は感染対策によって“守り”、回復途上期は“品質向上”と、それぞれの時代に応じたビジョンを設定してきた。そして今度は、SDGsをビジョンに据えると北村氏は話す。
「絶滅危惧種と外来種、再生可能エネルギーの導入問題さえクリアすれば、日本はSDGsで世界トップになれます。日本の宿泊業界は先んじてSDGsを達成できるはずです。その支援を私たちがしています。
実は時間軸を自由に切り替えて考えられるのも鑑定士の強みです。例えば投資採算性の計算を1年か10年か20年か、どの期間で考えるのか。一般事業をしているとどうしても1年、2年、3年単位で考えがちですが、10年、20年タームという長期の目線が必要なのがSDGsです。
SDGsを業界に向けて情報発信することも重要なミッションなので、『週刊ホテルレストラン』という媒体に10年以上毎週欠かさずメッセージを書き続け、講演会・セミナー、書籍などでも発信を続けています。
世界中の国々がSDGsを重視し、小・中・高校の授業でSDGsを取り扱っている国も少なくありません。SDGsの17ゴールを暗唱できて『重要なのは?』と聞くと『13番目(気候変化に具体的な対策を)のカーボンニュートラル』と答えられる子どもたちが大勢いるんです。20年先の国内観光のお客様はまさにこの子たちです」
そんな世界の情勢がある中で、SDGsに対する興味・関心の薄い日本が「おいてけぼりになってはいけない」と、北村氏は警鐘を鳴らしている。
国際基準として承認された緑のサクラクオリティ
サクラクオリティでは、SDGsの17ゴールを172項目に分解している。一つひとつなぞっていくと、達成できていない項目があぶり出される。それをつぶしていけば17ゴールを達成できるしくみだ。項目の中で、業界がもっとも恐れているのは「海の豊かさを守ろう」「陸の豊かさも守ろう」といった絶滅危惧種に関連する項目だという。
「でも、例えば、サメのヒレを原料とした高級食材のフカヒレ。一口にサメと言っても絶滅危惧種になっている種もあれば、そうでない種ももちろんあるわけです。また、本マグロがダメでも養殖があります。知識があれば海の幸を提供することも怖くないし、日本の食材はこんなにSDGsの考えにフィットしていると、むしろ日本の強みを発揮できます。こういった知識を私たちは業界の皆さんにお伝えしたいんです。
ではなぜ鑑定士がそれをやるのかというと、先ほどお話した通りコツコツ分析することや、ひたすらじっと考え突き詰めることを生業としているからです。地味で暗い仕事に見えるかもしれませんが、これが人のためになる。みんなそんな大変なことはやりたがらないので、そこに強みを持つ鑑定士がやるんです」
特筆すべきなのは、世界のSDGs宿泊業界を束ねるGSTC(グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会)から、緑のサクラクオリティが宿泊施設向け国際基準として承認を得たことだ。北村氏は「現在、世界で約40団体が同機関に基準の承認を受けており、日本ホテルアプレイザルはアジアパシフィックエリアで初めて認められました」と話す。
肝は徹底したマーケットリサーチ
日本ホテルアプレイザルの業務比率を見ると、鑑定2割、マーケットリサーチ6割、残り2割をコンサルティングが占めている。総勢約17名の社員のうち、4名が鑑定担当、残り13名がマーケットリサーチを担当する調査員だ。調査員はほぼホテル業界経験者で、日本ホテルアプレイザルのバリューは何といってもこのマーケットリサーチ、いわゆるコンサルティングレポートにある。調査員は足を使って情報収集する。
「現地に行って宿泊施設を見れば客層が見えてきます。覆面調査に行き、周囲を見回して、どのような客層か、日本人はビジネスか観光か、どのエリアから来ているのかを確認します。さらに駅から離れていれば、どのような目的で選ぶのかといった詳細から客層を分析し、競合、ターゲットがそのマーケットの中でどのポジションに当たるかを明確にした上で、需要源は何かを特定し、その需要減の変化を予測することでマーケットの動きを読みます。
そこから将来の収支が読めるので、それらすべてを入れて分析します。経費分析も非常にマニアックです。従業員の年間休日数と、1日に必要な従業員数のバランスも確認します。日本各地の条例・規制にも敏感でなければなりません。例えば京都なら全室バリアフリールームが求められます。レストランの厨房に手洗い場がないと条例違反となる自治体もあります。私たちはそうした条例をすべて把握しているので、各自治体が何を求めているのかわかります。こうしたすべてを理解していないと、正確なホテルの収支分析はできません。マーケットレポートをこのレベルで作るのは至難の業です。24時間365日、ホテルと旅館のことばかり考えている私たちだからこそできると自負しています」
こうした調査員の行動とマーケットレポートは、ホテル・旅館といった業界だけでなく、ステークホルダーである金融機関、投資家、地域社会など、幅広い依頼先からの信頼を得ている。
メインは鑑定士の得意領域「バリューエンジニアリング」
日本ホテルアプレイザルに依頼される鑑定評価は、ラグジュアリーホテルのような特殊案件がほとんどで、社内4名体制で対応している。一方、最近多いのはブランディングに関するコンサルティング案件だという。
「コロナ禍以降、旅行の方法が団体旅行から、個人あるいは小規模グループ中心に代わりました。そこで重要になってきたのがブランディングです。個人旅行は自分で選んで来るわけですから、メッセージは何か、何が強みなのか、そのホテルはどのようなコンセプトなのかをチェックしてきます。そのためブランドメッセージでは、今のマーケットトレンドを押さえておかなければなりません。価値を最大化するために、思い切り強みを磨きながら、コストバランスで収益を最大に上げていくという『バリューエンジニアリング』の視点が求められます」
ブランディングにおいても、鑑定士の得意領域、対象の価値を引き上げるバリューエンジニアリングが求められているのである。
日本も相当数のホテルができたので、成長はしつつもすでに成熟期に入っている。だからこそ最近のトレンドにあるライフスタイル型ホテルのように、バリューエンジニアリングコンセプトを絞ることが今後の潮流になっていくと北村氏は考える。
「背景にバリューエンジニアリングという鑑定士の得意な領域があるので、何が自分たちの強みなのかを見極めるお手伝いができます。依頼主の個性を発掘し、それを伝え、ターゲットのニーズと合致しているか最終チェックします。こんなことをやっている鑑定会社はほかに見当たらないでしょうね」
感染防止対策、SDGs、バリューエンジニアリング。ミッションは変わらなくてもビジョンは次々と変化していく。鑑定士という枠を大きく広げることで強みを発揮する世界は、北村氏の独壇場と言える。
アメリカ、イギリスの鑑定士資格も保有
北村氏は、日本だけでなくアメリカとイギリスの鑑定士資格も取得している。これらの資格取得に至った経緯を聞いてみた。
「日本のホテルも海外進出するし買収もします。例えば日本のある会社は、独占禁止法に抵触する一歩手前までグアムのホテルを持っています。ホテルは売買がボーダレスなので、私たちもボーダレスでなくてはならないんです。カンボジア、マレーシア、シンガポール、インドネシア、上海、香港、韓国とアジアを中心に、グアムもハワイもアメリカもと全世界に案件があるので、国内だけでの対応では難しい。対応できないと言ったら、『あなたは本当にホテル専門ですか』と苦言を呈されてしまいます。そこはブランド棄損しないように対応しようと、アメリカとイギリスの不動産鑑定士資格も取得しました」
そもそも日本とアメリカの鑑定基準は違う。また、アメリカの鑑定士試験はマーケットレポートの書き方や分析の仕方まで学ぶ上、試験内容も金融電卓を活用するなど、かなり実務的だったという。
「例えばマーケット分析をするには人口と所得水準と従業員数、絶対にこの3つのファンダメンタルを押さえなければなりません。そこは日本の鑑定士試験ではあまり学ばない部分なので、大変勉強になりました。しかもグローバルな鑑定士同士のネットワークが強いので、守り合い協力し合おうと、情報共有が非常に盛んです。
というわけで私の思いとしては、日本の鑑定士資格を取得したあとは、ぜひ世界の資格へ手を広げていってほしいですね。アメリカやイギリスの鑑定士資格、最終的には私が取得した世界最高峰のCRE(米国不動産カウンセラー)までめざしていただくと、さらに強みを持てると思います。
受験生の皆さんにお伝えしたいのは、鑑定士資格を取ることがゴールではないということです。あくまでスタート台に立っただけ。そこからどの業界のどの道で自分を磨くのかで、勉強の仕方にも迫力が加わってくるでしょう」
5年後、10年後、日本ホテルアプレイザルはどのようになっているのだろうか。
「鑑定のマーケット自体が大きく増えるとは考えていません。マーケットレポートもそれほど大きく増えないでしょう。ただコンサルティングは相当増えると予想しています。先ほど話したバリューエンジニアリングが新たな潮流として爆発的ニーズが起きるはず。そしてそのシェアの相当数を私たちが取っていきたいと思っています。
そして緑の御衣高桜の花言葉は『永遠の愛』。持続可能な世界をめざすSDGsとも通じていますので、今後はサクラクオリティの認証事業も大きくなっていくと思います。社会貢献の規模とビジネスの規模は連動すると確信しています」
鑑定士の仕事は「ゴールなき旅」
仕事の魅力についてはこのように語ってくれた。
「ずっとこの仕事をしていると、自然とホテルが好きになるんですよね。不動産は魅力にあふれていますから、突き詰めてしっかりと鑑定していけば、そのすばらしさがわかるはずです。すばらしさがわかれば、仕事が趣味になるし、楽しくてもっと学びたくなる。
しかもホテルはハードウェア(不動産)、ソフトウェア(運営力、ブランド力、品質など)、ヒューマンウェア(顧客サービス力)が三位一体となって収益性を発揮します。三体問題といって、それぞれのふるまいの結果は予測ができない世界なのです。つまり、どんなバランスになるのかや、その効果がどうなのかなどはわからない。それもまたおもしろいんです。
もう1つお伝えすると、まるでアートのように、触れることで感情が揺さぶられるのもホテルの特異な点です。例えば、初めて行く旅館でも、なんだか懐かしい気持ちになったりすることがあるでしょう。これは、ホテルや旅館での体験によって、過去の記憶が想起され感情が揺さぶられるためです。どのように感情が揺さぶられるかは、ホテルの性格によって異なります。『ホテルは“人”である』というのが私の持論です。実際に、ホテルの特徴を診断し、人に例えて結果を出すシートを作成して特許を取っています。こうした点もホテルならではでおもしろいと思いますね」
他の鑑定会社が守備範囲を広げていくのに対して、北村氏は逆に対象をホテルに絞り、さらにその中でも専門性を高めていくことを標榜する。周囲の誰も追随できない領域にまで到達し、その専門知識や経験を宿泊業界や日本経済に還元しようとしている。
採用では、ホテル業界に憧れてホテルの鑑定のプロになりたいという熱意のある人材を求めている。鑑定士をめざそうとしている人に向けては、次のようにメッセージを送る。
「鑑定理論的に言えば、『どの用途の価格が一番よいか』によって、価格が街を変えます。例えば『この街で一番経済価値が出るのはホテルの用途だ』となれば、街にはたくさんのホテルができます。つまり街を形作る羅針盤が価格であり賃料なのです。それを見極める役割を有する鑑定士の存在は非常に重要で、将来の日本全体を形作ると言っても過言ではないでしょう。
だからこそ、一つひとつの案件を小さな目で見ないでほしい。時間軸や空間軸、いろいろな視点を持って、一生懸命鑑定してください。試験合格をスタートとして、そこからどんどん視点が増え、視野が広がっていくのが鑑定業界です。鑑定士は縦横無尽に『視点を変えるプロフェッショナル』。ここまでやればいいというゴールがない。だからこそ楽しいんですよね。
私もホテルについて18年間学び続けていますが、今でも学べることは尽きません。世の中も、自分自身も変わっていく。視野が変われば同じものでも違うように見えてきて、新しい発見や学びがあります。
学ばなければいけないものも、経済学、会計学、民法、行政法規、鑑定理論は最低限で、これからは社会心理学や脳科学も重要になるでしょう。私は脳科学の勉強のため慶應義塾大学大学院の博士課程にも通いました。鑑定士は『ゴールなき旅』で、勉強を始めるのは旅の始まりです。20代、30代、40代とどんどんその“旅”の経験が膨れ上がります。そうして自分の成長を自分で楽しめる点も鑑定士の魅力の1つ。合格をめざすみなさんも、仕事をすてきな趣味にして、ゴールなき旅を続けてください」
[『TACNEWS』日本の不動産鑑定士|2024年3月号]