特集 新国家資格誕生「賃貸不動産経営管理士」
〜賃貸住宅オーナーの経営全般のサポーター〜

取材協力

一般社団法人 賃貸不動産経営管理士協議会
試験・試験運営、広報担当

岡部 雅之氏、深尾 俊哉氏

2021年4月、不動産関連の資格試験において「賃貸不動産経営管理士」が新たに国家資格となった。これまで法整備されていなかった賃貸不動産管理業務に法律による義務づけがなされ、管理の適正化と明瞭化に対する期待がより高まっている。資格運営団体である一般社団法人 賃貸不動産経営管理士協議会の岡部雅之氏と深尾俊哉氏に、資格創設の背景と資格試験、そして今後の展開についてうかがった。

急速に高まる賃貸住宅管理のニーズ

──一般社団法人 賃貸不動産経営管理士協議会(以下、協議会)についてご紹介いただけますか。

深尾 当協議会は、賃貸住宅管理の専門家を育成・輩出し、市場を整備して活性化・健全化を目的として、2007年に設立され、2008年より賃貸不動産経営管理士(以下、賃貸管理士)の試験を実施しています。また協議会ではかねてより賃貸管理士の国家資格化をめざしてきましたが、2021年4月に念願が叶いました。現状、法律に基づく独占業務はありませんが、協議会として国交省不動産・建設経済局長宛てに要望書を提出し、独占業務を持てるよう推進しています。

──不動産系資格の中で賃貸管理士資格はどのような位置づけになるのですか。

岡部 資格の説明の前に、まず賃貸住宅管理とはどのような業務なのかをご紹介しましょう。
 「不動産業」というと売買や仲介、つまり「家を売り買いしたり、部屋を紹介したりする仕事」というイメージが強いと思いますが、賃貸管理士はこの売買や仲介には関与しませんので、一般の方には馴染みが少ないと思います。
 賃貸アパートや賃貸マンションといった賃貸住宅は、いわゆる大家さん、オーナーが自分で管理するケースがある一方で、家賃収入から手数料を支払って賃貸住宅全般の管理を外部に委託するケースもあります。この委託を受けて、入居後のすべてをマネジメントしているのが賃貸住宅管理会社(以下、管理会社)です。2021年6月15日に「賃貸住宅管理業務等の適正化に関する法律(以下、賃貸住宅管理業法)」が施行されて、管理会社には営業所または事務所ごとに業務管理者の設置が義務づけられました。その業務管理者となりうるのが、この賃貸管理士です。

──具体的にはどのような業務を行うのですか。

岡部 賃貸住宅の管理に関する知識・技能・倫理観を持った専門家として、賃貸住宅オーナーの賃貸経営全般に対して提案を行い、その実行を支援するパートナーとして活動します。具体的には、賃貸住宅の入居者がそこに住んでいる間の入居者同士のトラブルや物件のトラブル、設備の故障対応、退去時の敷金精算、原状回復までの一連の業務を担当するほか、ときには空室問題に対処するため、物件のコンセプトの提案なども行います。
 実は、海外の賃貸住宅オーナーはほとんどが経営学を学んでいる投資家の方です。一方日本の賃貸住宅オーナーは、先祖伝来の土地をそのまま更地にしておけないという理由で賃貸経営をしている方が大半です。つまり前提が投資目的ではないので、専門知識をお持ちでないオーナーがほとんどなのです。
 高度経済成長期は賃貸住宅を建てればすぐに部屋が埋まるという貸し手側が有利な状況でしたが、現在は常に賃貸物件が過剰に供給される一方で、少子高齢化の影響などから空室率が高くなっています。専門知識を持たずに物件の管理やコンセプト設定などをしようとしても、なかなか借り手が見つからない、生存競争が厳しい時代になっているのです。
 こうした流れを受けて、日本でも近年、賃貸物件管理を管理会社に任せる傾向が非常に強くなっています。数値的に見ても、賃貸住宅の管理委託割合は1992年には25%程度でしたが、2019年には81%まで増加しています(出典:2020年8月5日国土交通省発表「賃貸住宅の管理業務等の適性化に関する法律について」)。このように賃貸住宅管理のニーズが急増している中、管理会社で活躍する人向けの資格が賃貸管理士で、2015年には4,908名だった受験者数は、2020年には27,338名にまで増えています。

法律によって明示された管理業務

──国家資格化に際し、どのような内容が定められましたか。

岡部 先ほどお話ししたように、賃貸住宅管理業法では、営業所または事務所ごとに1名以上の業務管理者を配置することが義務づけられています。その業務管理者の要件のひとつとして、管理業務に関する2年以上の実務経験と「登録試験」に合格した者、とありますが、賃貸管理士試験はこの「登録試験」に当たります。なお、管理業務に関する2年以上の実務経験については「実務講習」を受けることで代替できます(実務講習の実施については時期未定)。
 宅地建物取引士(以下、宅建士)が業務管理者になるには指定講習受講などの方法がありますが、この受講によって賃貸管理士になれるわけではありません。資格を取得するには試験に合格し、登録する必要があります。

──宅建士も同じ不動産系資格ですが、どのような違いがありますか。

岡部 宅建士の主な仕事は、「重要事項の説明」「重要事項の説明書面への記名・押印」「契約書への記名・押印」です。これらの業務は宅建士しか行うことができない独占業務なので、不動産会社には不可欠な資格です。
 対して賃貸管理士は、賃貸住宅に入居してから以降のすべてをマネジメントする管理者の立場ですので、活躍するフィールドがまったく違います。

深尾 総合不動産会社のように、賃貸部門、売買部門、管理部門と分かれている会社では、部門別に資格者が配置されますが、独立系の不動産会社は賃貸、売買、管理などを1社でやっているので、社内には宅建士も賃貸管理士もいる、あるいは両資格を持った人が活躍しているというケースが非常に多いですね。

──国家資格になったことで、賃貸管理士のニーズや責任に変化はありますか。

岡部 法律制定前は、清掃も管理と位置づける会社があったり、清掃は管理ではないとする会社があったりと、「管理」という言葉の定義が定まっていませんでした。しかし今回、管理業務の内容が法律によってきちんと定義され明らかになりました。

深尾 管理業務というものが明確になって、管理会社が営業所または事務所ごとに1名以上の業務管理者を置かなければならないと決まったのは大きな変化です。
 また宅建士の賃貸住宅に関する業務は「賃貸借契約」という「点」です。対して、賃貸管理士の業務は、契約以降の入居から入居後のトラブルへの対応、退去、原状回復といった契約以外のすべてが守備範囲となるため、活躍する場面はかなり広いと言えます。賃貸住宅管理に特化して専門的に学んでいるという意味で、やはり賃貸管理士の需要が高まると予測しています。

──同じく不動産の管理に関する資格であるマンション管理士や管理業務主任者との違いを教えてください。

岡部 賃貸管理士の対象物件は賃貸住宅ですから、オーナーが貸し出している物件を管理します。一方、マンション管理士や管理業務主任者の対象物件は分譲マンションです。「不動産の管理」という意味では同じですが、その対象が違いますね。

学生やオーナーにも役立つ資格

──賃貸管理士試験の受験者数と合格ラインはどれくらいですか。 

深尾 受験者数は毎年右肩上がりで増えています。申込者数で言えば、2013年はおよそ4,000人でしたが、2018年は約1万9千人、2019年は約2万5千人、2020年は約2万9千人と、毎年数千人規模で増えてきています。
 試験は四肢択一式50問で、毎年合格率と合格者数だけを発表しています。直近では、2019年は合格率36.8%、2020年は29.8%となっています。

──賃貸管理士の受験者にはどのような方が多いのでしょうか。

深尾 多くが宅建業に従事する方ですが、その他には金融関係の業務に従事する方も多いです。また、学生の受験者も年々増えています。

岡部 不動産業界で働く人のための資格というイメージが強いかもしれませんが、実際には、様々な業界で活かせる資格です。家賃債務を保証する保証会社や、設備会社、保険会社、コンサルティング会社、大手賃貸物件情報会社なども賃貸住宅管理業界と密接に関係しており、当然その中には賃貸管理士資格を取得する人がいます。他にも鍵、セキュリティ、IT関連と、住まいはとにかくいろいろな業界が介在していますから、幅広い業界の方が賃貸管理士を取得していると言えるでしょう。

──協議会としてはどのような方に学んでほしいと考えているのでしょうか。

岡部 オーナー層の方々や、不動産に興味のある学生にも学んでいただきたいですね。また、宅建士を取得する人が賃貸管理士も取得すると、契約だけでなく賃貸住宅全般に関われるようになりますので、活躍のフィールドを広げるためにもぜひ学んでいただきたいですね。
 現状の業界の中で賃貸管理に携わっている方は全員取得してほしいですし、業界に若い人がどんどん入ってきてほしいので、協議会では学生を含めた若い人に取得してもらい、賃貸管理への理解をもっと広めたいと考えています。

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──何か資格を取りたいと思っている学生の方にはぴったりの資格ですね。

岡部 そうですね。これまでは賃貸管理の法律自体がなかったので、法律ができたことによって初めて法律にもとづいて管理をしていくことになりました。ということは協議会として「その法律を使いこなせる人」を輩出していかなければなりません。売買や仲介契約だけで終わるのではなく、空き家問題の解決など、社会として有効に住宅の価値を高めることができる人材の輩出が、今後非常に重要になってくると考えています。

──不動産業界は景気の波が激しい印象があります。

岡部 不動産売買やデベロッパーは激しいと思いますが、賃貸営業や賃貸管理はまったく違います。マンションの売買は自分から売りに行かなくてはなりませんが、賃貸営業は店舗を構えて、お客様を待って、来た方をいかに契約に持っていくかがポイントです。不動産売買とはかなり営業のアプローチが違いますね。 
 さらに賃貸管理は毎月決まった管理手数料をオーナーからいただいて、物件の管理をして、オーナーと長くつき合っていく、堅実で浮き沈みの少ない仕事です。不動産業の中でも異色なので、仲介や売買の営業が合わない人でも賃貸管理なら馴染めることもあると思います。

「宅建士×賃貸管理士」で業界にシナジー効果を

──今までは「不動産業界といえば宅建士」というイメージが強かったですが、賃貸管理士が国家資格になったことで「宅建士×賃貸管理士」のダブルライセンスで描けるキャリアが広がりますね。

深尾 そうですね。多くの賃貸住宅管理業者は、賃貸住宅管理業だけ営んでいるわけではなくて宅建業も行っています。大学生が不動産業界に就職したいというときに、両方持っていると人材としての希少性が高まるのは間違いありません。また賃貸管理士は税務や相続など幅広くいろいろなことを学べますので、宅建士と併せて不動産について多面的に学ぶことで賃貸住宅管理業という業界をより理解することができます。

──資産税を扱っていたり都市農家の富裕層をクライアントに持つ税理士が勉強してもプラスになりそうですね。

岡部 税理士の方にはかなりおすすめの資格ですね。日本では土地や建物に詳しい税理士は少数派と言われています。税理士が賃貸管理士を勉強するとかなり専門性が高くなるので、それだけで資産税や相続コンサルティングの仕事につなげやすくなると思います。宅建士資格を持っている税理士や金融関係者は大勢いますが、賃貸管理士資格を持っている税理士は非常に少ないです。不動産系の新しい国家資格として、これから取得する方が増えてくることを期待しています。

──賃貸住宅オーナーにも持っていてほしい資格というお話でしたね。

深尾 そうですね。サブリース(転貸、又貸し。オーナーから建物を一括して借り上げた業者が、その建物の管理を請け負ったり入居者に貸したりすること)をめぐるトラブルが社会問題化したり、適正な管理がなされていないことによるクレームが複雑化したりという問題がありますが、オーナーになり得る方が賃貸管理士の知識を身につけることによって、そうしたトラブルを回避できるのは間違いありません。

岡部 管理業務が複雑化しているので、オーナーには管理業務のプロとおつき合いしながら、ご自身でも管理業務を勉強していただきたいですね。知識を身につければ賃貸管理ビジネスをきちんと理解できますから、悪質なサブリース業者に引っかかることもなく、賢明な判断ができるはずです。その意味で、賃貸住宅オーナーに賃貸管理士を学んでいただく意味は大きいですね。

深尾 オーナーが知識を持つようになると、管理会社はプロとしてそれをさらに上回る知識を身につけようとするはずです。このサイクルも、賃貸住宅管理業界全体の底上げにもつながってくると思います。

賃貸管理士は「経営」のパートナー

──賃貸住宅管理において、賃貸管理士は具体的にどのような動きをするのでしょうか。

岡部 管理会社には、オーナーの賃貸経営を一緒に行うという側面があります。家賃を集めて入居者を探してくるだけの下請け的な仕事というよりも、どちらかというと「オーナーとコミュニケーションをとって改善提案していく仕事」です。
 近年は空室や空き家が多くなって競争が激化していますから、駅に近いとか築年数が浅いといったごく一部の物件であれば特別なことをしなくても借主は決まりますが、そうした条件に当てはまらない物件については、コンセプトが大事になってきます。その街にはどのような人が住んでいて、どのような年代の人が通っているかを踏まえて、賃料設定や内装を考えたり、「女性限定」「ペット可」「防犯マンション」といった付加価値を付けたりするのです。市場のトレンドを敏感にキャッチしたり、賃貸住宅利用者のコアとなる若年層のライフスタイルや好みを把握したりして適切な提案をしていき、貸し方を変える、見せ方を変える。そういうことを提案できるのは、やはり地域密着の管理会社が最適です。
 その中で入居者の紛争解決や設備メンテナンスを考えて、入居者が長く住めるように動くのが賃貸管理士です。ですから一番大事なのは、オーナーの経営全般をサポートすることですね。

──「賃貸不動産経営管理士」と、資格の名称に「経営」の文字を入れている意図がよくわかりますね。

岡部 そうですね。「管理」という文字に引っ張られて「賃貸物件の修繕をしている人」と思われがちですが、実際には経営の視点が入ってくるので、仕事内容としてはコンサルティングに近いです。実際、アメリカの賃貸管理士は単なる物件の管理だけでなく、経営のパートナーという立場ですので、会計事務所のように資産管理もやっています。

──最終的には日本の賃貸管理士も資産管理まで包括的に行うことになるのでしょうか。

岡部 海外のオーナーは投資家がほとんどで、日本とは環境や法令も違うため、完全に同じゴールをめざすということにはならないでしょう。ただ将来的には、賃貸管理士がレポートや指標を出したり、不動産以外の提案をしたりするケースが出てくるかもしれません。それは今後、賃貸管理士になる皆さんの活躍次第ですね。また日本では、家賃を滞納している居住者がいてもすぐに退去させることはできませんから、家賃収入が何ヵ月も滞るリスクもあり、経営を学んだことのないオーナーが賃貸経営を戦略的にやろうとしてもなかなか難しいところがあります。ですから賃貸管理士がプロとして賃貸住宅オーナーに寄り添い、一緒に賃貸経営を考えていく必要があるのです。

絶対になくならない賃貸住宅業

──これから不動産業界で活躍したい方は、早めに賃貸管理士資格を取っておいたほうがいいでしょうか。

岡部 取っておくと断然有利になります。管理業界はコロナ禍の影響もほとんど受けていませんし、不況でも非常に安定しています。2008年9月のリーマンショックの際、つぶれてしまったデベロッパーや不動産売買会社もありましたが、管理会社はほとんど影響を受けませんでした。管理業界はとても安定した業界と言えます。

──近年、投資目的で不動産を所有する方も増えてきているそうですが、そうした方にも賃貸管理士の勉強は役立ちますか。

岡部 賃貸不動産業界の構造を知る上では、賃貸管理士を取得して損はないと思います。不動産投資は高額でリスクが高く怖いと感じる方もいるかと思いますが、業界の構造を知っていると自分で投資対象を見極めることができて、投資判断にはかなり活きるはずです。

──これから賃貸管理士をめざして勉強しようという方に向けてアドバイスをお願いします。

深尾 冒頭でお話ししたように、賃貸住宅の委託管理の割合は2019年の調査では81%まで増えています。業界自体が成長していて、かつ業法ができたことが追い風になっていますから、早めに取っておくに越したことはありません。

岡部 実家を出て、ワンルームの賃貸アパートでひとり暮らしをし、結婚したらファミリー向けの戸建てを購入して住み替える。こうした住宅の変遷を称した「住宅すごろく」という言葉がありますが、近年の非婚化・晩婚化や、結婚後も夫婦ふたりだけで賃貸物件に住むといった生活スタイルによって「一生賃貸」の方が大変増えています。また、ずっと賃貸物件に住み続ける高齢者の方も増えているので、賃貸不動産のニーズは以前よりも高まっていると言えます。
 管理業法が法律になって、賃貸管理が重要視されていることがわかってきて、その中で「じゃあ管理の専門家って誰なんだ」というときに、新国家資格として賃貸管理士の存在を知ってもらえたらうれしいですね。安定的な賃貸住宅業は絶対なくならない仕事ですし、その物件の管理をする賃貸管理士の活躍の場や重要性もさらに増してくるでしょう。今からしっかり勉強して業界に入っていけば、不動産業界で広く活躍できて安定的な将来が待っています。コロナ禍でこれから縮小する業界、なくなってしまう業界がたくさん出てくると思いますが、少なくとも賃貸住宅業は絶対なくなることのないおすすめの業界です。興味がある方はぜひ、資格の取得をめざしてみてください。

──本日は貴重なお話をありがとうございました。

[『TACNEWS』 2021年10月号|特集] 

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