特集 いま、ビジネスに「数学」が必要なワケ
近藤 恵介(こんどう けいすけ)氏
公益財団法人 日本数学検定協会
普及部 普及グループ マネジャー
近藤 恵介(こんどう けいすけ)
東京工業大学大学院生命理工学研究科修了後、予備校講師などを経て公益財団法人日本数学検定協会普及部普及グループマネジャーに。数学と社会の関わりについて研究し、ビジネスにおける数字の取り扱い方にスポットをあてた「ビジネス数学」に関する講義・講演、社員研修、および検定の運営を手がける。
世の中には「数学が苦手」という人が少なくない。だがどんなに苦手でも、社会人になればビジネスの中で数字を扱うことが日常になる。そのとき、数字とどのようにつき合っていけばいいのか。文部科学省後援の「実用数学技能検定(数学検定・算数検定)」、そして「ビジネス数学検定」を実施する、日本数学検定協会の普及部普及グループマネジャーを務める近藤恵介氏にお話をうかがった。
「数字」を使う意識を高める
──日本数学検定協会について教えてください。
近藤 私たち日本数学検定協会は、数学検定・算数検定・ビジネス数学検定などの検定事業を柱に、幼児向けのストロー工作や小学生・中学生向けの「算数トライアスロン」など、様々なコンテンツや体験プログラムを通じて数学の大切さや学ぶ楽しさを伝える普及活動を行っています。「数学」というと中学や高校で学習した「教科」としてのイメージが強いと思いますが、「実は世の中でたくさん使われていますよ」と啓発していくことが必要だと考えているのです。
その一環として、これまであまり見えていなかった、「ビジネスの現場で数学がどのように使われているのか」を見せるのが、ビジネス数学検定とビジネス数学の研修です。ビジネス数学は、日常生活やビジネスの現場で、「数字を活かせる能力」を育む検定であり研修なのです。
──「数字を活かせる能力」について具体的に教えてください。
近藤 ひと言で表せば、「数字を根拠にした視点でものごとを見ていこうとする姿勢」のことです。数字とはまったく無関係に思えるような仕事でも、「お金」や「時間」といった「数字で表されるもの」が必ず関係しているはずです。つまり「数字」はどのような仕事にも必ず関係してくるので、数字を根拠に話をすることができるかどうかが、ビジネスの一番の基本になってくるのです。
例えば仕事の依頼を受ける際、「なるべく早くお願いします」と言われても、いつまでにやればいいのかわかりません。「今月の30日の15時までにお願いします」など、数字を使って期限に対する共通認識を与えられれば、逆算して何時間の作業時間の確保が必要かを考えることができます。ちょっとした意識の違いですが、こうした意識の積み重ねが結果として大きな違いにつながるので、数字を使う意識を高めていくことは、ビジネスに関わる誰もが求められているのです。この観点から、新入社員研修にビジネス数学を導入する企業は年々増加しています。
「ビジネス数学」では、ビジネスの現場の基本的なところにある数字をきちんと活用する方法を学びます。日ごろから数字を活用できている方は、「数字を活用する」ということを当たり前にやっていますが、できていない方というのはそもそも「活用しよう」という意識もないことがほとんどです。その意識を高めようというのがビジネス数学の目的なのですが、驚くことに、研修の冒頭で「数学が苦手だった人」と聞くと、毎回約80%の方が手を挙げます。それぐらい数学がトラウマになっている方が多いので、まずは「数字」や「数学」に対するハードルを下げることが重要です。
必要なのは四則計算の基本と確率・統計
──ビジネスの中で数字を活用する際に必要となるレベルを教えてください。
近藤 基本的には、足し算・引き算・掛け算・割り算の四則計算ができていれば8割OKです。確率・統計の知識もあればなおよいでしょう。近年、ビジネスの現場ではデータ活用の動きが加速していますから、統計の知識は重要性を増すと思われます。また、ビジネスにはいわゆる「正解」というものがありません。未知の領域で答えがわからないところに手を打っていくことが必要なので、複数ある選択肢の中からベストな判断、言い換えれば確率的なものごとの考え方が必要になってきます。
つまり四則計算の基本的操作と、確率的なものごとの考え方、統計的なものごとの見方ができれば日常の仕事では充分ということです。
──日常的な仕事では「算数レベルで充分」ということですね。
近藤 そうですね。とはいえ80%の方に苦手意識があるのですから、残念ながらそのレベルにも至らない方がかなり多いことになります。特に「割合」の概念が苦手な方は、かなり多い印象があります。四則計算そのものはできるのですが、とにかく学校で学んだ公式を思い出して、その公式に沿って計算する方が多いのです。でも、公式はあくまで計算するための「ツール」なので、数値を求めることだけできても、割合について理解できているということにはなりません。
例えば「半分、半分の半分、10分の1」と聞いて、みなさんはパッと割合イメージが浮かぶでしょうか。答えは「半分は50%、半分の半分は25%、10分の1は10%」ですね。この量的な考え方がスムーズにつながるかどうかが鍵なのですが、そのイメージがついていない人がかなり多いのです。ある大学の経済・経営学部でビジネス数学の講座を開講しているのですが、冒頭のチェックテストで「83の1%は?」と出題したら、正解率は6割程度でした。83の1%だから、答えは0.83。「1%=100分の1」と頭でつながっていれば小数点を左に2つずらしてすぐ答えがわかるはずなのに、間違える学生が4割もいたのです。間違った学生の答案用紙を見ると、「83×0.01」と式を書いて筆算し、その結果がなぜか8.3になっていたりする。わざわざ計算をした結果、ミスをしているわけです。これこそ、「公式に当てはめて計算すれば答えが出る」という処理しかやってこなかった結果です。その公式が「何を意味しているのか」がわからなければ全く意味がないんです。
別の例では、乗り物の速さを求める問題で、解答に「時速10万8,000km」と書いている学生もいました。思わず「時速10万8,000kmって、おかしいと思わない?」と聞きましたね、その速さだと月まで3時間半で着いてしまいますから(笑)。計算間違いは仕方ないことです。でもその答えを見て、実生活からのイメージと照らし合わせて「いや、これはないだろう」と思わないところが問題点ですね。
──答えを見て、おかしいと気づかないということですね。
近藤 ミスをしない人とミスをする人の違いは、計算ミスをして出た答えに対して「これ、おかしいよね」と気がつくか気がつかないかです。社会人になると、電卓や表計算ソフトを使って、数字を入力してポンと叩くと答えが出るので、その数字が適切かどうか余計に気づきにくいんです。その結果、大きなトラブルが起きてしまうこともあります。よくある例が、コンビニエンスストアなどでの発注ミスですね。10個でいいものを100個など、桁を間違えて発注してしまい、どうにかしてさばこうとTwitterなどで呼びかけているのが話題になっているのを見聞きした方もいると思います。これも、途中で数字がおかしいと気がつく人が誰もいなかった結果です。
「ざっくり」数字を捉える感覚
──「ビジネス数学」ではどのような内容を学ぶのですか。
近藤 かなり幅広く学びますが、大切にしているのは「ざっくり数字を捉える感覚」です。この力が弱い人がかなり多い。私たちが主催する学生向けの「数学検定」は解答が記述式で、計算の過程も全部書いてもらい考え方をしっかり評価しますが、「ビジネス数学検定」は5者択一問題で実施しています。5つの選択肢の中で、「これとこれはあり得ないよね」とざっくり数字を捉えればいくつかの選択肢は消えるので、まずは「だいたいこれぐらい」とアタリをつけて、そのあとに細かい計算を行って答えを選ぶという意識で取り組んでいただきたいです。ざっくりと数字を捉える感覚はビジネスの現場で本当に重要なので、これを身につけていただきたいと考えています。
──「ざっくり数字を捉える感覚」を鍛えるには、どうすればいいのでしょうか。
近藤 普段から意識して数字に対するイメージを待つことです。一例ですが、ビジネス数学の研修課題に、従業員5人分の健康診断の身長・体重のデータを見せ、「BMI 25以上が肥満ですが、この中で肥満と診断された人は何名いますか」という課題があります。BMIを算出する公式に当てはめて計算すれば答えは出るのですが、データをよく見ると「この人は絶対に肥満じゃないよね」という人が入っています。「明らかに肥満じゃないならその人のBMIを計算する必要はないよね」という視点を得ることで、ざっくり数字を捉えることの大切さに気づいてもらうことを目的とした課題なのです。研修では制限時間を30秒に設定していて、選択肢を一つひとつ計算するのは間に合わないけれど、ざっくり数字を捉える感覚を使えば正解できる、という時間設定にしているのですが、この課題の正解率はわずか5%です。
実際のビジネスの現場で「ざっくりとこれぐらい」という数字の捉え方が必要な場面はかなり多く存在しているのですが、この課題の結果から、そうした感覚が身についていない方が多いことが浮き彫りになりました。
──確かに、そうした場面は多いですね。
近藤 ざっくり数字を捉えた上で、「数字は単なる記号ではなく、実物・実態と結びついている」と意識することが大切になります。学校で学ぶ数学は抽象化されているので意識されないことが多いですが、ビジネスで使う数字には、「在庫数」「サービスの値段」など、必ず何らかの実物や実態が伴っています。それらの数字とうまくつき合うために「数字の裏側にある意味や価値はこういうことだ」とイメージできることが、ビジネス数学で一番重要なポイントです。 例えば、仕事を依頼されたとき、「見積りは後日お伝えします」と言うのか、「だいたい100万〜120万円の間になります」と目安の数字が言えるのかで、その後の交渉の進め方は大きく変わってくるはずです。「ざっくりの数字」をイメージできるかどうか。そこが何よりも重要なのです。
正解がないビジネスの現場
──ざっくり数字を捉えることができたら、次に身につけてほしいのはどのようなことですか。
近藤 ビジネスには様々なシチュエーションがありますが、その中で、「使う数字を選べるようになる」ということです。数字の一番の基本は「比べる」ことです。例えば「150㎝という身長は、高いですか?低いですか?」と聞かれたらどう考えますか。パっとイメージするのは「低い」ですよね。でも、もしその身長が小学校3年生についての話だったら、「高い」となる。同じ「身長150cm」でも、状況によって評価は変わってくるのです。このように、数字というのはそれ単独ではなく、何かと比べることで初めてその意味や価値がわかってくるものなのです。
この「比べる」というのは、数字でものを判断する際に「割合の視点」を持っているかということにもつながっています。数字を見る際には「実数」と「割合」という2つの視点がありますが、「割合」の視点は1人当たりでどうみるか、時間当たりで考えたらどうなるかなど、基準を決めて考える視点です。「昨年対比」も、去年の数字を基準として割合で比較したものですよね。この視点はビジネスで数字を扱う基本動作として持っておくべきです。
先ほど「ビジネス数学は四則計算ができれば充分」と言いましたが、このように、中でも大切なのは「割り算」です。割り算とうまくつき合えるかが、ビジネス上の数字とうまくつき合えるかの鍵を握っています。
またビジネス数学では、数字を活かすための「5つの力」を身につけてほしいと考えています。
──ビジネス数学の「5つの力」とはどのようなものですか。
近藤 物事の状況や特徴をつかむ「把握力」、その状況や特徴から規則性や変化、相関性などを見抜く「分析力」、いくつかの事象から最適な解を選ぶ「選択力」、過去のデータから未来を見通す「予測力」、情報を正確に伝える「表現力」の5つです。
具体的には、上がってきたデータから、まずは何が起こっているのかを読み取り「把握」することが必要です。数字から何が起こったのかがわかったら、それを踏まえて次にどうするかを考えることになりますが、その際には自分なりに仮説を立てることが必要です。仮説を立てるには、把握した数字を詳しく「分析」し、その分析結果から考えられる複数のプランのうちどれがベストなのかを「選択」したり、将来的な数字の伸びを「予測」したりすることが必要です。こうした流れを踏まえてビジネスの方向性について仮説を立てるのです。なぜ「仮説」と言っているかというと、ビジネスの現場では「絶対にこれがうまくいく」という正解がないためです。その仮説を実行してみて、さらにその結果を数字から把握し、次の仮説につなげていく。これを繰り返すのがまさにPDCAサイクルですね。加えて、ビジネスには必ず相手がいるので、立てた仮説を伝える場面が出てきます。お客様や同僚、上司を説得する際に、数字を使って自分の意見を適切に「表現」する力がここで必要になります。これが、ビジネスの現場で数字を使う基本的な流れです。
管理職なら「2級を取れれば大丈夫」
──現在、「ビジネス数学検定」はどのように活用されていますか。
近藤 現状で一番多いのは、当協会で行っている数的センス向上トレーニング(ビジネス数学の研修)を終えたあとのチェックテストとして、ビジネス数学検定を活用するパターンです。ただ、研修は実際のビジネスシーンと同様、「正解がない」前提でやっていますので、「正解のある」検定試験に比べ、難易度は高いといえます。ですから、まずはビジネス数学検定を通じた学習で、数字から様々なシチュエーションを考えるためのテクニックを身につけていただいた上で研修を受講していただきたいというのが私の思いとしてあります。
──検定試験はどのように行われていますか。
近藤 インターネット上で受検できるWBT(Web Based Testing)です。パソコン、タブレット、スマートフォンで受検可能で、5つの力の分析結果や総合スコアは検定終了直後に表示されます。
難易度によって3級・2級・1級があり、いずれも70点以上で合格となる絶対評価の試験です。3級は、ビジネスの現場で数字を扱う際の基本として、新入社員研修や学生向けに推奨しています。社会人として「まずは最低限これぐらい身につけてください」ということですね。小学校の算数や中学レベルの数学の基本的なところをビジネスに応用する設計にしていますので、数字に対する苦手意識がある方でも無理なく学習できると思います。この3級は「数学が苦手な人こそ受検してほしい」という思いで設計してあるので、ひと通り学習すれば合格点に達することができると思いますし、実際の合格率も80%を超えています。
2級になると、財務諸表分析や少し入りくんだ数字を取り扱うので、ターゲットとしては入社3〜5年目の「これができれば独り立ちできる」というレベルを想定しています。日常的なビジネスに関しては、2級レベルの数字の取り扱いができれば困ることはないと思います。管理職前研修や管理職登用試験に使われることも多く、ビジネスパーソンとして活躍していける目安は2級と言っていいでしょう。合格率は、当初は60%程度でしたが、近年、上昇傾向が見られます。世間的な数字に対する意識の高まりが反映されているのではと考えています。
1級に関してはさらに高度な分野で、合格率は30%程度。コンサルティングやデータサイエンティストへの入口を想定して作っています。「ビジネス数学検定」の受検者数は年間のべ5,000人ほどですが、1級受検者はそのうちわずか数百人ですので、普通のビジネスパーソンを対象に考えるならば2級まで取れば充分だと思います。
「すべての人に役立つ」ビジネス数学
──ビジネス数学はすべての人に役立ちそうな内容という印象ですね。
近藤 仕事のベースとなる考え方を広く扱っているので、すべてのビジネスパーソンに学んでいただきたいですね。会計やデータ分析など、仕事として数字を専門に使っている方も大勢いると思いますが、その前段階の基礎固めとして、まずは数字に対する苦手意識を払拭してもらうために活用していただきたいと思います。ビジネス数学の研修や検定を採用している企業は、製造業もあれば製薬会社、小売業、金融業と、ありとあらゆる業界に広がっています。階層別研修で見ても、一番多いのは新入社員研修ですが、管理職研修として開催されることもあります。また、私たちは企業単位の他に、個人で参加できる研修セミナーの「公開コース」もご用意しているのですが、ここで受講される方の顔ぶれを見ても、年齢層は20~60代、階層も新入社員から取締役クラスまでと幅広く、まさに「すべての人に役立ちます」ということになりますね。
公開コースを始めた当初はこれから数字に意識を向けなければいけない若い人の受講が多いのではと予想していたのですが、初回受講者の平均年齢は40歳。その際にいただいた言葉は、「若い頃は周囲に数学ができる人がいて、数字に関することはすべてやってくれていたため、数字が苦手でも特に問題はなかった。けれども管理職になるにあたり、数字のハンドリングをすべて自分でやらなければならなくなり、初めて数字で困った」というものです。そうした方の感想として「もっと早く学べばよかった」という声を多くいただいております。
──在学中にビジネス数学を学ぶ方もいますか。
近藤 就職活動に向けて学習する方がここ数年増えています。ビジネス数学検定の個人受検者で一番多いのが18〜22歳の大学生と思われる年代で、全体の4分の1を占めています。次に多いのが30代後半の方で、こちらは管理職になるにあたって数字の扱い方を磨くために活用していると思われます。
また、ビジネス数学講座を単位付きの講義として導入している大学もありますし、大学のキャリアセンターが主催する就職活動向けの講座として導入する例も増えています。
企業サイドだけでなく大学サイドからも数字を扱う力を求める動きが出始めているのが現状だと思います。
──学生の就職活動対策として、ビジネス数学検定は評価の対象になりますか。
近藤 協会では現在、企業の従業員向け研修だけでなく企業の人事部門向けイベントにも積極的に参画していますので、採用担当者への認知は広まってきつつあると捉えています。「ビジネス数学3級」といえば「とりあえず数字は大丈夫」という認識は持っていただけると思います。
転職に際しても、ビジネス数学検定を管理職登用試験に活用する企業が増えてきているということからも、評価の対象となるのではないでしょうか。
──資格試験を受けるにあたって避けて通れない数学対策として、ビジネス数学を活用することもできそうですね。
近藤 TACには、公認会計士や税理士、中小企業診断士、FP(ファイナンシャル・プランナー)といった数字を扱う資格試験の講座も多いと思います。数字が苦手な方は、これらの各試験で出題される専門的で高度な数学を学習する前段階として、ビジネス数学で肩慣らしすると効果的だと思います。
「数学への苦手意識」をビジネス数学で払拭してほしい
──具体的に、ビジネス数学で学んだことがビジネスの中で生かせるという事例を教えていただけますか。
近藤 下記のケースをご参照ください。A社からJ社まで10社の交渉中の営業先があります。契約が取れた場合の売上予想高と契約成立の手ごたえを記載しました。
A社はほぼ確実に契約が取れそうだけど予想売上高は300万円、B社は契約が取れるかどうかは五分五分で予想売上高は500万円、C社はちょっと難しそうだけど900万円は見込めます。D社は難しいけれど600万円、E社はほぼ確実で800万円、といったように10社を見積もっています。この10社の営業先に優先順位をつけてください、という課題です。
ビジネスの現場で言うと、営業担当者が自社製品やサービスをBtoBで営業したとき、売上高の見込み計算を「ざっくり出せますか」と聞いているわけです。
先ほども言いましたが、ビジネスには「正解」がないので、優先順位もシチュエーションによって変わります。例えば「期末が差し迫っていて今どうしても900万円の契約が取りたい。そうしないと目標達成できない」という場合には、「ちょっと難しくても何とか900万円のC社を取って売上達成しよう」という判断になります。これが別のシチュエーション、例えば今期が始まったばかりで余裕がある場合はどうでしょうか。期間内に訪問した相手先すべての契約を取ることは不可能ですから、取れたり取れなかったりを繰り返して、トータルでできるだけ高い達成率をめざそうというのが初期の動きになります。
このように「長期の視点でトータルで高い売上を上げるには?」という場面で使えるのが確率・期待値の考え方です。期待値を計算するために契約の手ごたえをざっくりと数字で表し、例えば「ほぼ確実」はざっくり80%、「ちょっと難しそう」はざっくり30%と置き換えると、A社の期待値は300万円×80%=240万円、C社の期待値は900万円×30%=270万円になります。となれば優先順位としてはC社のほうが高いので、C社を選ぼうとなるわけです。
この考え方は机上の空論ではなく、実際に活用している営業職の方は数多くいらっしゃいますし、会社全体の取り組みとして「この案件は重要度A」といった優先順位をつける営業システムに取り入れている会社も存在します。余談になりますが、この方法を私に紹介してくれた方は、某外資系企業の営業職の時代に世界で2位の実績を出した経験のある方なので、成功実績のある手法とも言えます。
もちろん、営業のスタイルは業種や業態によって状況が大きく違いますし、BtoBなのか、BtoCなのかといったビジネススタイルによっても大きく違うので、「これですべてうまくいく」というわけではありません。そのような状況で少しでも成功確率を上げていくために、今の考え方が使えるのではないか、というひとつの堤案なのです。
数字を根拠にした道具をたくさん持っていれば、それだけ対処できる幅が広がりますし、数字を根拠に動くことでビジネスの成功確率を上げることができます。そういった数字の引き出しを増やすことを、ぜひ考えの中に取り入れてほしいのです。
──数字の引き出しを増やすとは素晴らしい発想ですね。最後に、スキルアップをめざす方々に向けてメッセージをお願いします。
近藤 意識していただきたいのは「これがすべてだと考えないでほしい」ということです。これはあくまでも考え方のひとつであって、大切なのはその考え方を自分の中で適用できるかどうかです。ですから、ビジネス数学検定の合格だけで終わらないでください。検定の学習を通じて身につけたことを、ぜひ仕事の中で使いこなしていただきたい。私たちはビジネスパーソンの方々に、検定を通じて数字を根拠にした考え方の引き出しを増やしていただきたいと考えています。
そして、数字は怖くありません。つき合い方次第でみなさんの武器になりますから、まずは苦手意識をビジネス数学で払拭してください。ビジネスで触れる数字は、学校の数学とはまったく違うものです。学校の教科としての数学の苦手意識が、そのまま今の数字に対する苦手意識になっている人にこそ、ビジネス数学に目を向けていただきたいと願っています。
[TACNEWS 2020年1月号|特集]