特集 「起業」の夢を資格で叶える
土井 秋恵氏
経営コンサルティング事務所
Plus Colors
中小企業診断士
土井 秋恵(どい あきえ)
1988年生まれ。山梨県甲府市出身。早稲田大学政治経済学部卒業後、2011年4月に山梨中央銀行に入行し、法人営業・個人営業を担当。在職中の2015年10月に中小企業診断士の資格を得る。
2017年7月に銀行を退職後、同年8月に独立し、経営コンサルティング事務所「Plus Colors」を設立。創業・財務・資金調達・売上拡大など事業・経営のコンサルタントとして活躍している。
29歳で経営コンサルティング事務所「Plus Colors」を起業した、中小企業診断士の土井 秋恵さん。早稲田大学を卒業後、地元・山梨の銀行に就職。在職中に中小企業診断士の資格を取得し、現在は東京と山梨を中心に、創業支援や売上拡大・利益改善支援など、経営全般のプロフェッショナルとして活躍中。土井さんが中小企業診断士をめざすことになった経緯や受験勉強時代のエピソード、さらに資格を取得することのメリットについても語っていただきました。
書店で出合った中小企業診断士の参考書から将来のプランが見えてきた
──土井さんが中小企業診断士の資格を取得しようと思ったきっかけを教えてください。
土井 大学時代、将来に対して具体的な目標はなかったのですが、「地域経済に貢献する仕事がしたい」という思いは持っていました。また、漠然としたイメージになりますが、会社員としてどこかの企業に勤めるのではなく、最終的には自分で事業を起こし、地域に貢献できたらと考えていました。
なぜ起業なのかというと、大学時代に友人たちとサークルを作っていろいろな企画をし、仲間と一緒に自ら発信することに楽しさを感じていたからです。今、振り返ってみると、当時は社会というものがよく分かっていなかったですし、世間を甘くみていたと思います。
中小企業診断士という資格に出会ったのは、就職活動をしている時期に将来のプランを考え「自分には手に職があるわけではないし、何か強みがほしい」と、書店で就職活動の本を探しながら資格コーナーを見ていた時です。中小企業診断士の資格を見つけて「こういう資格もあるんだな」と初めて知り、興味が湧いてきたので、その場で参考書を購入したことがきっかけでした。
──独立への思いが強かった土井さんですが、大学卒業後は銀行に就職されましたね。
その理由を教えてください。
土井 大学生時代の私には、「地域経済に関わりたい」という気持ちがあるだけで、基本的なビジネスマナーもビジネススキルも何も身についていませんでした。就職し、社会経験を積んで、知識を蓄えたいという気持ちが強かったため、まずは就職を選びました。
大学では政治経済学部で経済学を専攻し、主に地域経済について勉強をしていました。地域経済の主体は中小企業です。当たり前ですが、企業活動にはお金が必要になるので、法人へのお金の貸付をする事業性融資に携わることで、中小企業の経営に少しでも関われるのではないかと考え、銀行を就職先に選びました。そして地域経済に携わるのであれば、地元の金融機関で働くのが最善だと思い山梨中央銀行に決めました。
また、銀行であれば中小企業診断士の資格との親和性もあり、中小企業診断士の知識が銀行業務でも活かせると考えたことも銀行に就職した理由のひとつですね。
──中小企業診断士という資格との出会いで、キャリアプランが作られていったのですね。
土井 当時、具体的な将来のプランを持っていたわけではなかったのですが、中小企業診断士という資格に出会い、「地域経済への貢献の仕方」が少しずつ自分の中で具体的になっていきました。まずは地元の金融機関で働き、経験を積ませてもらう。その時は、希望通りいくかは分かりませんでしたが、事業性融資を担当し、何年後かに中小企業診士の資格を取得して、ゆくゆくは独立をしようと考えていました。
資格を取得すれば100%独立できるというわけでもないのですが、中小企業診断士の資格を取ることで、自分の強みになると思いました。
社会人1年目は銀行の必須資格を優先次第に焦りも感じ始めた
──中小企業診断士の資格を取得するために、どのような勉強をされていましたか。
土井 社会人1年目は正直、中小企業診断士試験の勉強はほとんど手が付かない状態でした。銀行業界特有の資格である銀行業務検定試験というものがあるのですが、私が勤めていた銀行では、いくつかある科目の中の財務、税務、法務が必須取得でした。他にも業務に必要な資格として、生命保険に関する資格や、証券外務員、FP(ファイナンシャル・プランナー)など、さまざまな資格を取得しなければならなかったので、そちらの勉強のほうを優先していましたね。ただ、中小企業診断士の勉強も忘れてはいけないと思い、テキストを少し読む程度のことはしていました。
入行2年目を迎えた頃は、そろそろ中小企業診断士の勉強を本格的に始めないと将来のプランが達成できなくなってしまうという焦りが募っていました。中小企業診断士は2次試験までありますが、1次試験も2次試験も1年に1回行われるのみです。真剣に勉強に取り組まなければと思い、テキストも購入し直し、問題を解くなどしていました。しかし、それだけでは足りないと感じていたので、週末を利用して東京の受験指導校に山梨から通い始めました。でも、平日は普通に銀行勤務のため、毎週東京まで行くのはやはり大変で、一応最後まで通いましたが、行けない日も多くありましたね。
──銀行での忙しい仕事のなか、最初に中小企業診断士の受験をされたのはいつ頃からですか。
土井 入行3年目の2013年に、中小企業診断士の1次試験を初めて受けました。その時はもともと得意だった経済と法務の2科目に合格することができました。その後、どうしても残りの科目を翌年にすべて合格したかったので、受験指導校の通信教育を受講することにしました。内容は過去問が中心で、ひたすら問題を解き続けました。試験勉強では最後まで苦手な財務の勉強に苦労したのですが、翌年、2回目の1次試験で無事に残りの科目も全部合格することができました。
──その後、2次試験以降はいかがでしたか。
土井 1次試験合格後、中小企業診断士の資格を取得するには、2次試験に合格して3年以内に実務補習を15日以上受ける方法や、いくつかの指定機関で行われる養成課程を受講して卒業する方法などがあります。私の場合、1次試験に合格した年に2試験を受験したのですが、残念ながら落ちてしまいました。ただ、銀行から派遣で養成課程に行かせてもらえたので、その課程を修了し、2015年10月に無事、中小企業診断士の資格を取得することができました。養成課程に行ったことで、中小企業診断士をめざす多くの方々と出会うことができたのは本当によかったです。今でも交流のある方もいますよ。
銀行と中小企業診断士の勉強の両立困難も強い意志で乗り越えた
──約3年半で中小企業診断士の資格を取得されましたが、苦労された点や辛かったことなどを教えてください。
土井 やはり銀行で必要な資格の取得と、私がめざしていた中小企業診断士の勉強が重なったことでしょうか。日々、絶え間なく勉強していたので大変でしたね。残業で帰宅が遅くなる日もありましたが、それでも家に帰ってから2~3時間くらいは勉強に使うことができたので、将来のプランを考えながら勉強に励んでいました。
──中小企業診断士の勉強をやめてしまおうと思ったことはありませんでしたか。
土井 正直、途中で投げだしてしまいたいと思ったことは、数え切れないほどあります。周りには同じように中小企業診断士の勉強をする仲間もいませんでしたので、かなり孤独を感じましたね。
ほかにも精神的に辛いと感じることもありました。中小企業診断士の資格を取りたいということは、職場でも何人かの上司や同僚には話していたのですが、銀行で必須の資格ではないこともあってか、「そんな資格を取ってどうするの?」といった反応が多かったんです。周りの人との温度差が想像以上にあり、あまり応援してもらえなかったのが辛かったですね。
──土井さんの周りに、中小企業診断士の資格を取得された方はいらっしゃらないということですか。
土井 大学時代の友人や銀行の同期には、中小企業診断士の資格を取得した人はいません。山梨中央銀行では、20代で中小企業診断士の資格を取ったのは私が初めてでしたし、女性としては年齢に関わらず私が初めてです。その後、2年後輩の男性が中小企業診断士の資格を取得していましたので、彼が20代として2人目の合格者ですね。中小企業診断士の資格を取ることがあまり推奨されていない環境だったこともあってか、中小企業診断士の資格を取得するという明確な目標はあるものの、勉強に対するモチベーションを維持することは本当に難しかったです。
──どのようにモチベーションを維持されていたのですか。
土井 1次試験で2科目に合格するまでは、本当に辛いと思うことの連続でしたが、科目合格してからは、「せっかく2科目合格したのだから、残りも絶対に合格しよう!」と意欲が湧いてきて、自然とモチベーションが上がっていました。銀行の同僚からは、相変わらず「必要ないだろう」との声も聞こえてきてはいましたが、「ここまで来たからには絶対に合格しよう」と、意志を貫くといいますか、最後はほとんど意地だけで勉強していたように思います(笑)。ですから、中小企業診断協会のホームページに掲載された1次試験の合格発表で、自分の受験番号を見つけたときは、心の底から嬉しかったことを覚えています。
──同僚からの応援が少なかったようですが、在職中に資格を取得したことは、銀行の業務にも活かされましたか。
土井 入行当初から法人営業で融資担当を希望し、その意思も伝えてはいましたが、そう簡単に希望は通りませんでした。中小企業診断士の資格を取得してから、ようやく念願がかなって法人営業で融資を担当することができました。やはり中小企業診断士の資格を持っていることが、私にとってプラスに働いたと思います。
銀行を退職後に独立新たなスタートラインに立つ
──中小企業診断士の資格を取得されてから約2年で銀行を退職し独立されましたが、ご家族の反応はいかがでしたか。
土井 両親は、私が中小企業診断士の資格を取るための勉強をしていることは知っていましたが、「がんばっているな」くらいで、特にあれこれ言われたりはしませんでした。
銀行を退職して独立することを両親に伝えたときは、真っ向から反対されることはありませんでしたが、「銀行を辞めて転職しなくてもいいんじゃない」と、やんわりと言われましたね。確かに世間的には安定している銀行を退職して1人でやっていくというのは、心配させてしまったかもしれません。でも「将来的には独立したい」ということは、銀行に就職する前からの私の夢でもあったので、そこははっきりと自分の意志を伝えて納得してもらいました。今は応援してくれています。
──夢を叶えて独立し、事務所をスタートさせたのはいつですか。また屋号を「Plus Colors」とネーミングされた由来も教えてください。
土井 在職中もコツコツと独立に向けての準備をし、退職直後の2017年8月に事務所を設立しました。
屋号についてはいろいろ悩んだのですが、銀行時代の尊敬する上司が「colors」という言葉が好きな方で。「colors」には、「さまざまな色、人それぞれの特性・特徴」などの意味がありますが、私がその上司に退職を報告した時には「Your truecolors are beautiful like a rainbow(あなたらしく虹のように輝きなさい).」と激励の言葉をいただき、非常に嬉しかったです。その言葉の持っている意味や言葉そのものの力にひかれていたので、ぜひ屋号に取り入れたいと思いました。「Plus」は、私が中小企業診断士として関わることで、依頼を受けた企業にこれまでと違う輝き方をしてもらえたら、こんなに嬉しいことはないなという思いを込めています。
──現在は中小企業診断士として、主にどのような業務をされていますか。
土井 業務内容としては、経営計画・経営方針の策定、売上拡大・利益改善や資金繰り改善、商品開発や創業の支援、各種補助金申請の支援など、経営に関すること全般に対応しています。具体的には、顧問先に月に何回か訪問し、経営の相談を受けて一緒に考え、解決に導いていくことがメインです。
基本的に会社の経営者の方と話をすることになるのですが、皆さん技術や業界の知識、経験も豊富ですので、プライドや自信を持って仕事をされています。ですから常に尊敬の姿勢を忘れることなく、経営者の方々とコミュニケーションをとるよう心がけています。
中小企業診断士の仕事に手ごたえを感じ多くの人との出会いにも魅力を実感
──実際に独立されて、現在の状況は思い描いていたイメージ通りでしたか。
土井 独立してもうすぐ1年が経ちます。組織に所属していることのメリットもたくさんあるとは思いますが、私は独立してよかったと感じることのほうが多いです。業務の内容はもちろんですが、時間の使い方や行動の仕方など、すべて自分で決めることができるのがいいですね。もし中小企業診断士の資格が取れずにまだ銀行で働いていたら、と想像してみても、やはり独立してよかったなと感じています。
私は中小企業診断協会に所属していますが、協会主催の懇親会やセミナーなどに積極的に参加することで、中小企業診断士のネットワークも広がりました。先輩の先生方との交流が生まれ、参考になる意見をたくさん聞くことができ、改めて勉強を継続することの大切さを感じます。
例えば、顧問先との契約内容についても、先生によって3ヵ月や半年など期間を区切る方法もあれば、契約内容に沿った実績を上げられなければ次回の契約更新はしないとする方法もあり、契約内容は多種多様です。そういった情報も人脈を築いておけば得ることができます。
また数年前に金融庁から事業性評価の指針が示されたこともあり、金融機関や信用保証協会から企業支援の依頼がくることもあります。今のところ、「1人だから」という理由で仕事上苦労していると思うことはないですね。本当に恵まれた環境にいると思います。
──中小企業診断士の業務のどのような点に、やりがいやおもしろさなどを感じていますか。
土井 経営には「これが正解」というものはありません。そのため、経営者の皆さんと一緒に考えて導き出した答えに対して行動し、それがうまく結果に現れたときは本当に嬉しいですし、この仕事のおもしろさも感じます。
例えば製造業の場合で、売上拡大のために新規商品の開発に踏み切ったとします。その企画立案から店頭販売まで一貫して携わるので、自分の関わったその商品が販売され、一般消費者に購入され、結果的に最初に立てた売上拡大の目標の達成につながっていくとなると、非常にやりがいを感じますね。
──中小企業診断士の広範囲にわたる業務が魅力ということですね。
土井 中小企業診断士の業務は幅広いですし、自分の専門分野をきちんと活かすことができます。私は財務が得意なので、売上が伸びたとか、コストダウンができたとか、目に見える形で数字が改善されていくと、「やった!」と心の中でガッツポーズをしてしまいます(笑)。
それに中小企業診断士の方々は、私のように元銀行員という方もいれば、元製造業、元IT業など、いろいろな経歴を持った方がいらっしゃいます。そういった方々の話を聞くだけでも、自分にとってプラスになることがたくさんありますし、なにより自分自身の視野を広げることができます。銀行に勤めていたら関わることはなかったかもしれない人に出会えるチャンスがあることも、中小企業診断士という仕事の魅力だと思います。
──本当に仕事が楽しいのだということが伝わってきます。ところで土井さんの数字好きは子どもの頃からですか。
土井 大学で経済学を専攻したこともあり、数字に関しては昔から好きでしたね。財務に興味をもつようになったのは、銀行に就職し、中小企業診断士の資格を取得してからです。資格を取得した後も2年ほど銀行に勤務していましたが、実際の業務で事業計画や資金繰りなどを作成しているなかで、財務のおもしろさを発見しました。もちろん財務の数値目標を作成するだけでは経営は改善していかないので、その目標を実現するために、いろいろなご支援をしています。
得意な分野を中心にして着実に実績を積み上げていきたい
──今後の事務所の方向性や挑戦してみたいことなどを教えてください。
土井 事務所としては、女性経営者のコンサルティングや、創業支援を中心に行っていきたいですね。現在、数社の顧問をやらせていただいているのですが、まずは着実に実績を積み上げていきたいと考えています。まだ独立したばかりですし、1社1社にじっくりと向き合いたいという気持ちが強いです。将来は組織化して事業を拡大するという考え方もありますが、今は顧問先やご相談のある企業様としっかりとした関係性を築き上げて、次につなげていきたいと思います。また、私事になりますが、昨年9月に結婚をしまして、今後、出産や子育てをしたいとも思っています。家庭との両立ができるような体制を作っていきたいですね。
──働く女性にとって、仕事と家庭や育児の両立は永遠のテーマでもありますね。
土井 これから先を見通していくと、顧問先を増やしていくことも確かに大事ですが、女性の働き方を支援したり、私と同じような女性中小企業診断士の皆さんが、独立しても不安がないような道筋を私なりに作ったりすることができたらと考えています。
実は顧問先のうち1社は、私の夫が社長をしています。私自身も役員を務めているのですが、経営面から彼を支えていければいいなという思いも持っています。今振り返ると、銀行を退職して「1人でやっていこう」と独立に踏み切ったのは、もとから描いていた将来の目標だったこともありますが、彼の会社をサポートしたいという思いも影響しているのは確かですね。
──仕事はもちろん、プライベートも充実されているのですね。この先、取得したいと考えている資格はありますか。
土井 今のところ、国家資格は中小企業診断士があれば十分だと考えています。その代わり、いろいろな分野の資格を取りたいなと思っています。実はお酒好きが高じて、ワインのソムリエと唎酒師(ききざけし)の資格を取ったのですが、ほかにもカラーコーディネーターの資格など、チャンスがあれば挑戦してみたいですね。
表面的には仕事に関係ないように見える資格でも、ひとつのことを集中して勉強していると、その過程でさまざまな知識を身につけることができます。どこかで経営に役立つ可能性だって大いにありますし、顧問先や懇親会などの会話の中で話題を提供するきっかけにもなるのではないかと思います。
──『TACNEWS』を読んでいる、資格取得をめざして勉強されている方や、スキルアップを考えている方に、メッセージをお願いします。
土井 資格を取得することは決して無駄にはなりません。合格率が低い試験ほど勉強するのは大変ですし、苦しいことの連続かもしれません。途中で挫折しそうになることもあると思うのですが、資格を取得した先に開ける世界は、それまでの人生とは大きく異なるものだなと、経験から実感しています。資格を持っていることで、将来の選択肢が増えますし、可能性も広がります。きっと皆さんの人生のプラスになるはずです。
それに、資格を取得したうえで、現状の職場にとどまるという選択をしたとしても、与えられる仕事や、出会える人も変わってくるでしょうし、その後まったく別の道に方向転換することもできます。ですから自分の可能性を信じて、あきらめることなく最後までがんばってほしいなと思います。
[TACNEWS 2018年8月号|特集]