5分で学べる会計ミステリー短編『世にも会計な物語』 #2 “Vチューバー、ストーカーに反撃する”事件(中編)
(前回のあらすじ)
芸能界専門の会計サービスを行う「東京芸能会計事務所」。鹿児島出身の下っぱ職員、竜ヶ水隼人は、ある日SNSで幼なじみの重富アイラを発見し、DMでやり取りをする。後日、アイラが偶然新規顧客として事務所にやって来るが、SNSでのやり取りなど知らないと言う。竜ヶ水は、所長の天王洲あいるに「ストーカーに重富さんの情報を漏らしたのはキミね!?」と責められ……。
3.のつづき
「キミがやり取りをしたのが、本当に重富姶良(しげとみあいら)さんだったら、もちろん問題なかった。でも、果たしてキミが見つけたSNSアカウントは、本物だったのかしら?」
は?
「だって、写真があったし、出身地も鹿児島だったし」
「そこに重富姶良という名前は出ていた?」
「なかったですけど……」
アイラが口を開く。
「隼人、どうしてあたしだと思ったのよ……」
「そう、写真と出身地だけで重富姶良さんだと認識してしまった竜ヶ水に問題がありまくりなんだって。この、バカチンが! ……どう? 私の鹿児島弁」
「天王洲さん、それは博多弁です」
「あ、あらそう? えーと、コホン。情報を整理するわよ。犯人視点で話をすると、まずVチューバー『天文館いづろ』の熱狂的なファンになった犯人ダックポンドは、前世を調べた」
前世? いきなりオカルトチックな。
「前世っていうのは、Vチューバーになる前のネットでの活動のことよ。天文館いづろの場合、それは人気の出なかったアイドル『神宮 霧』だった。前世については、声の特徴なんかからネット上で調べる特定班がたくさんいるから、すぐにわかったでしょうね」
アイラがアイドルをやっていたのは、僕もあの時のSNSで初めて知ったが、もうちょっと調べれば、現在のVチューバー活動のこともわかったのかもしれない。
「犯人は『神宮 霧』の情報を調べた。そこでわかったのは、アイドル活動時の写真数点と出身地についてだけ。そこで次に犯人は、さらなる情報を入手するためにネット上に罠を仕掛けた」
あれ……何か嫌な予感がしてきた。
「神宮 霧本人のフリをして、SNSを立ち上げたのよ。神宮 霧の友人と繋がるために、あえてダイレクトメッセージもオープンにして呼びかけた。そして、誰かが引っかかるのを待った。で、それに見事に引っかかったのが、キミ」
そうか……たしかに今から思うと、『昔話がしたいから、私のことを知っている人、気軽に連絡ちょうだい』ってコメントも若干胡散臭い。それに、アイラは僕のことを「隼人くん」って呼んでいた。今まで「くん」づけでなんか呼ばれたことなかったからおかしいとは思ったんだけど、文字のやり取りだからなのかと思ってた。方言がまったくないのも、文字だからかなって……。しまった、せめてそこで気がついていれば!
「まんまとキミは、天文館いづろの個人情報を犯人に漏らしたのよ。アイラという本名と住んでいるところをね」
「ごめんなさい!」
僕はアイラに勢いよく頭を下げる。
「うん……まあ……悪いのは隼人じゃなくって、犯人だし……。それにしても相変わらずお人よしというか、単純ね、隼人……」
「名前に関しては、下の名前だけじゃそれ以上調べようがないだろうけど、問題は住まいよね」
天王洲さんが腕組みをする。
「さっき所長さんにも説明したんだけど、2ヵ月くらい前から『池尻や三軒茶屋によくいるよね』っていうメッセージが来ていたの。それだけでも気持ち悪かったんだけど、さっきのメッセージが来たのが1ヵ月前。さらに、この前ライブ配信で選挙カーの音が偶然入っちゃって、世田谷公園の周辺でも地域がだいぶ絞られちゃったみたいなんだ」
あわわ……選挙カーの音で調べられてしまうのか。それは恐怖でしかない。
「あのさ、アイラが引っ越しをするわけにはいかないの?」
「あたしもそうしたいんだけど、忙しすぎて家を探す暇がないの」
アイラが泣きそうな顔で言う。
「それに引っ越ししている様子が犯人にバレたら、引っ越し先まで特定されちゃうから、うかつに動けないわよ」
天王洲さんが言う。
「アイラの所属事務所には相談した? 何とかしてくれないの?」
僕が尋ねる。
「何度も相談したんだけど、別にストーキングをされているわけでも、誹謗中傷されているわけでもないから、事務所的には何ともできないって」
「住んでいるところや名前をダイレクトメッセージで送りつけられただけだからね。同じ理由で、警察に言っても無駄だったそうよ」
「でも、外出するのも怖いし、家にいても呼び出し音が鳴るたびにビクッとしちゃうんだ……」
目を伏せるアイラを見て、天王洲さんは考え込む。
「普通の芸能人なら、当面ホテルに住まいを移すという手もあるけど」
「あたしも考えたんです。でも配信の機材が揃っている場所じゃないと、このお仕事が続けられないし」
アイラが言う。
「Vチューバー活動を休むわけにはいかないのかな? 一旦、鹿児島の実家に帰るとか」
僕が言うと、アイラは激しく首を横に振った。
「絶対にイヤ! そんなことしたらすぐに忘れられちゃうよ。せっかく見つけた天職なのに……やっと見つけた芸能人としての居場所なんだから、絶対に失いたくない! 隼人もモデルを目指してたんならわかるでしょう? 芸能人として芽を出すのがどれだけ難しいかって。それが、やっと出たところなんだよ」
う……確かに……。
「私もわかるわ。それにファンが離れていくのもイヤだけど、一部のファンのせいでその他のファンが悲しむことになるのはもっとイヤよね」
元アイドルの天王洲さんが言うと、アイラの瞳にぶわっと涙が浮かんだ。そしてギュッと目をつぶってうなずく。二度、三度とうなずく。
「……たいぶ精神的にも参っているようね。わかった。竜ヶ水、あんたの家に配信設備はある?」
「ちょうどネット環境を整えたばかりですので、あとはマイクとかがあれば配信はできると思いますが」
「じゃあ、重富さんがしばらく竜ヶ水の家に住めばいいのよ」
「えっ!」
僕は動揺しまくった。いやいや、それはマズいんじゃないか? いくら幼馴染だって、一応年頃の男女なんだから……。
「……竜ヶ水、何かキミ、楽しい想像をしているようだけど、あたしが大切なお客様をそんな恐ろしい目に遭わせると思う?」
「思いません」
「重富さんは竜ヶ水の家、そしてキミはここで寝泊まりするのよ、ここ!」
「ここ? って事務所の応接室? いや~、そんな冗談ばっかり」
「冗談なんかじゃないわよ」
天王洲さんは真顔になる。
「一人で竜ヶ水の家に泊まるのが不安なら、私も一緒に泊まるわ。うん、そうしましょう。そのほうが重富さんと色んなお話ができるし、一石二鳥ね」
ええーっ。散らかってるし、洗濯物も溜まってるし、超嫌なんだが~~。
「今日の夜はゲーム実況の配信を予定してますけど、一旦家に戻って機材を用意すれば、隼人の家に泊まるのも問題ないです」
「いやいや、問題だらけだよ。アイラ、嫌じゃないの? 僕の家、渋谷から1時間くらいかかるよ? 汚いよ?」
「綺麗なとこなんて期待してないよ。それでこの状況が変えられるんなら我慢する! 隼人、助けてよ」
我慢される僕の立場って……まあ、アイラを助けてあげたい気持ちはもちろんあるんだが。
「よし、決まったわね! それでさ、今回、重富さんが通帳やレシート、領収書なんかを持ってきてくれたじゃない? その中にも解決のヒントがありそうな気がするんだ。竜ヶ水はそれを探って」
「はあ」
「会計っていうのは、丁寧に見ていけばその人の行動や考えが手に取るようにわかるからね。じゃ、竜ヶ水、徹夜で頼むわよっ」
「えーっ、何で徹夜なんですか?」
「だって、キミの汚い部屋に何日も重富さんを泊めるわけにはいかないじゃない。できるだけ早く解決しないと」
「何で汚いって決めつけるんですか」
「綺麗なの?」
「汚いです」
「重富さん、大丈夫よ、竜ヶ水が徹夜で調査するからね!」
「所長さん、ありがとうございます!」
アイラが両手で天王洲さんの手を握る。
いや、感謝する相手は僕なんじゃないか?
4.
真夜中。誰もいない事務所にカタカタカタカタとキーボードを叩く音が響く。音の主は、もちろん僕だ。
「ふーっ」
午前4時。僕は重富姶良の1年分の通帳・レシート類をすべて会計帳簿に入力し終えた。
そして、いくつか気になった点を(僕の家に泊まっている)天王洲さんにメールで報告した。
日が昇ってまもなく、いつもより早めに出社した天王洲さんと作戦会議。天王洲さんが僕の報告メールの中で特に注目したのが、『会議費の中でコーヒーチェーン“チェリー&アイランド”での支出が多いこと。そして、支払いはいつも現金ではなく店独自のチャージ式プリペイドカードを使っていること』だった。
僕は天王洲さんの指示のもと、更に深く調査をする。
そして、天王洲さんがアイラに相談した上で、翌日、一つの作戦が実行されることになった――。
“Vチューバー、ストーカーに反撃する”事件(中編)
おわり
[『TACNEWS』2022年4月号│連載│世にも会計な物語]
山田真哉(やまだしんや)
公認会計士・税理士。TAC梅田校出身。中央青山監査法人(当時)を経て、現在、芸能文化税理士法人会長。株式会社ブシロード等の社外監査役。著書に『女子大生会計士の事件簿』シリーズ、『世界一やさしい会計の本です』『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』等。
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