海外での企業買収の留意点 第2回「居抜きの買収」
2022.9.15中小企業支援に役立つテーマでコラムを掲載します。今回も前回に引き続き海外での企業買収がテーマです。
※本文中の企業名、所在地等はすべて仮称となっています。
(前回の内容)
プラスチック成型品製造業「安藤化学工業」は、部品供給先の大企業に乞われてインドネシアに進出しました。同社は立上期間を短縮すべく労働問題等で撤退を決めた同業他社を「居抜き」で買収しました。
しかし、使用成型機は老朽化し、設定した規格通りに生産できません。結局、翌年度に成型機を前倒しで購入し、既存成型機の除却損で大幅な損失を出しました。
さらに目論見違いはモノづくり、検査工程と続きました。
供給先品質保証部による長期間監査
複数の不良品が部品供給先の大和電気で発見されて半年。改善の見込みがつかないことを確認した大和電気インドネシア現法は、親会社と合同で「安藤化学工業」インドネシア現地法人に対する異例の長期特別監査に踏み切りました。
以下が3週間続いた監査による主な指摘事項と、その後1週間でまとめた安藤化学インドネシア現法の改善点です。
邦人社員の限界
本社から派遣された人材には限界がありました。
安藤化学工業にとってインドネシア現法は、海外拠点では米国ジョージア州、バンコクに次いで3工場目。米国拠点で社長を務めた取締役が横滑りで現地社長につきました。買収した会社が同業で20年余りも操業実績があり、工場長を継続採用したことで安心感がありました。日本から送られた社員2名は、入社後3年目でインドネシア語、英語ともに会話ができませんでした。一方現地社長は米国での経験から英語は流暢でした。しかし、現地側で英語が通じるのは大卒のマネージャーに限られています。その他の社員はインドネシア語しか通じません。大和電気の監査報告はコミュニケーションの不足を指摘しています。
現法工場のほとんどの職員は検査工程の作業員です。200名の作業員の内150名は検査要員です。
成型機の不具合で発生した不良品は手作業の検査で流出を防ぐことになります。
本社ではIT化が進み、一次検査はカメラによって行われ無人化が進んでいました。しかし、カメラ検査機は1台5百万円余りもするため、現法では当初一次検査、最終検査共に手作業で行われました。供給先の要求水準が高まる中、必要な検査の精度も上がります。現法では手作業による厳密な検査を150名の検査員に指導しなければなりません。
コミュニケーション不足と手作業による検査、これが不良品流出の最大の原因と指摘されました。
大規模な設備投入と改善努力により、2年弱で品質問題が収まりかけた矢先、今度は工場長の業者との取引に疑惑が生まれました。
邦人工場長の不審な業者取引
「居抜き買収」の最大の長所は、長年この工場に勤務していた日本人工場長がいたことです。先に述べたように、当初派遣した社員は、本社勤め30年、金型設計から成型まで全ての工程を経験した取締役が現地社長として就任した他に、金型担当マネージャー、製造・生産管理担当マネージャーの合計3名でした。
現地採用の日本人工場長は、夫人がインドネシア人でインドネシア語に堪能です。総務、経理、財務全ての内部管理、工場補修など工場の運営はほとんどの業務の責任者です。
工場の補修工事は現地業者に委託していました。「日本の出先に任せると何かにつけ、高くつく」が口癖でした。
買収した工場は設立後25年経過し、雨期になると天井から雨漏りが続き、大雨が降ると工場の一部が水につかる被害が出ます。工場修理が常態となっていました。
本社社長は年に2度インドネシアに出張し、主要取引先訪問、大口案件の決裁をしていました。
本社社長来社時には、現地社長と工場長から「大がかりな修理が続き、業者の支払いが高額に上っている」との苦情が寄せられ、近々工場建て替えが必要かもしれないと考えた本社社長は、これまでの修理内容を一覧にまとめさせました。
その結果、工場修理に関して修理コストが日系業者と比べても高額となっていることが分かりました。またその工場長が最近、近隣に住宅を三軒新築し、その1軒を当社邦人の社員寮として貸与していることが分かりました。工場長に問いただしても納得のいく答えは得られませんでした。工場長は従業員の信頼を得ており、工場経営をすぐに任せることが「居抜き買収」の大前提であっただけに、本来であれば即刻工場長を解雇すべきところ、工場の操業が止まってしまうのではとの危惧から、不審な取引の追及はあいまいなままになりました。
供給先の特別監査によって、現地社長として本社の経理部長が派遣され、工場管理はマザー工場から派遣された工場長とその工場長との2名体制になりましたが、その後現地採用の工場長は病気を理由に退職してしまいました。
おわりに
結局、日本と同レベルの品質を実現し、年次決算が黒字になるまで5年がかりとなり、更地に工場を新設する場合と同程度以上の時間と費用がかかってしまいました。
このように「居抜き買収」にはメリットもありますが、予期せぬリスクも多く含んでいます。専門家のアドバイスを参考にリスクを最小限にとどめることが重要です。特に従業員の継続採用には細心の注意が必要となります。
さて安藤化学工業のインドネシア工場は創業から10周年を迎え、コロナ下にもかかわらず、本社の最終利益を上回る業績を達成しました。創業当初から実施している、本社から継承した屋外での朝のラジオ体操は社員に評判で、工業団地で今も続いています。
2004年3月中小企業診断士資格取得
一般社団法人東京都中小企業診断士協会 城南支部所属
金子 啓達(かねこ ひろみち)
北海道生まれ。三井住友銀行に26年間勤務。主に海外での投資銀行業務に従事した。その後10年間GSユアサコーポレーションでイギリス現法役員、インドネシア現法社長を歴任。2021年7月に中小企業診断士として独立。インドネシアを中心とする海外進出企業支援、財務、経理支援を行う。
※当コラムの内容は、執筆者個人の見解であり、TAC株式会社としての意見・方針等を示すものではありません。